ゲスな男、ゲスな女

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。

10年ぶりにセックスをした女9

私は肉体の欲望に負けてインサートすることを欲した。

しかし、そこで自らの身体の快楽だけを果たそうなどとは思わなかった。

自らの身体のことは自らが一番わかっていた。

もし普通に腰を振るならばあっと言う間に終焉を迎えることであろう。

回復力は若い頃のようにはいかないものの自信はあったので、瞬時に果てても次ができることくらいはわかっている。

しかし、それでも三こすり半のようなことになるのは恥ずかしいし、何より私のぺニスがインサートされた後の彼女の反応が見たかった。

私は膣口に亀頭を当てるとゆっくりと亀頭が埋まるくらいぺニスを入れた。

入口まで感じる感度の良いヴァギナであることは舌で実感していたが、実はそれを試すためにそうしたわけではない。

自らが堪えうるか、ゆっくりと入っていったわけである。

私はその範囲内でゆっくりと抜き差ししてみた。
それだけで彼女は恍惚の表情を浮かべ、そして小さくあえぎ声を発していたが、しばらくすると

「お願い、焦らさないで。奥に欲しいの。」
と懇願してきた。

私はその言葉に従って、奥に向けてズンと突いてみた。

ラブホテルに行くための準備?

私はラブホテルというところが好きだ。

彼女やセフレがいない時期でも無性に入りたくなる時があった。

若い時など将来家を建てるならラブホテルの個室仕様の部屋を作りたいな、と思っていたくらいである。

勿論、一人で入ったことはないし、無理矢理二人で入るために女性を呼ぶということをしたこともない。

私はラブホテルにはセックスをする目的でしか入ったことはないのだが、時々カラオケの音が聞こえたりすることもあるから、好きな人と過ごす場所としていろいろな使い方があるのだろうな、と思う。

私の住まう地は半年間くらいは雪に閉ざされる。
男女共にウィンタースポーツが好きなカップルであれば冬場のデートのしようもあるとは思うのであるが、そうではないと二人で楽しむ場所というところがあまりにも少ない。

そうなるとラブホテルという場所は貴重な遊び場になるのかな?なんて思うのだ。

私の感覚ではこの地は人口に対してラブホテルが多いと思うのだが、それでもいつも混んでいるという感じがする。

ところでこれは以前から思うのであるが、ラブホテルの精算機というのは何とかならないものなのかな?と思う。

昔は内線9番を鳴らして「帰りまーす。」というと店員さんが取りにきてくれたり、シューターにお金を入れるとシューターでお釣りを返してくれたり。
あ、このシューターは4年くらい前にT市のラブホテルで15年ぶりくらいに見つけて感激?した(笑)

現在では出入口にある精算機で支払を済ませるということがほとんどである。

入退室管理までできるあの精算機はホテル側としてはすごく良いシステムであると思料するがユーザーサイドとしては気になる点がいくつかある。

1つは機械音声である。
特に「メンバーズカード」がかなり訛っているのである。
機械音声だから致し方ないところはあるのだろうが、テスト段階で「これはあんまりだね。」ということにはならなかったのであろうか?

まぁ、これは慣れの問題だからまだ何とかなる。

もう1つは釣り札が1000円札でしか出てこないということである。

行為が終わって身を整え、抱きしめてからキスをして、さて精算という段階で4000円という室料であったとする。

10000円札を精算機に投入した日には「ギッギー」という濁音を6回聞くことになるのだ。

本当は大した時間ではないのであろうが、釣り札を取り終えるのにたいそう時間を要する気がするし、あの「ギッギー」は興醒めするのだ。

そこで何かを言われたことはないが、男の私でもそう思うのだから女性はもっとそう思うのかもしれない。

5000円札をお釣りで出すように精算機を改善してもらえないだろうか?と思うのだが、冷静に考えるとラブホテルの精算機以外でも5000円札が釣り札として出てくる機械は少ないような気もする。

そう考えると自助努力をするしかないということになるのだ。

つまりラブホテルに行くにはその前に5000円札を所持しておくという準備をしておかないといけないということなのだ。

当地のラブホテルのサービスタイムやレストは4000~6000円というところが多い。

この値段を考えると5000円以上でも以下でも支払がスムースに行くということになる。

今日は水曜日。
そろそろ週末に向けて5000円札を作らないといけない(笑)

アソコを誉める

セックスは頭でするものと理解しながらも肉体関係という言葉に引っ張られ、身体を意識してしまう。

特に男性の場合はその傾向が強く、特に結合部に関するぺニスについての拘りは強いものがある。

ぺニスが硬いとか大きいと言われることについてはやはり悪い気はしない。
いや、気分いいのである。

今の彼女さんのヴァギナに対して私のぺニスは少し大きいらしい。

他の女性にも何回か同じようなことを言われたことがあり、それはそれで嬉しいのであるが、プレイに支障を来すとなると話は別となる。

果たして日本人の平均サイズがどれだけかわからないが、私は間違いなく巨根ではなく、自他ともにそれを認めるような男性は大変だな、と思うのである。

こればかりは大は小を兼ねないということをたまたまではあるが、身を持って経験している。

しかし、今の彼女はどれだけ短小な男性とセックスをしてきたのかな?なんて我が愚息を見て思うのだ。

まぁ、セックスを重ねるうちに女性のサイズは合ってくると言われているから根気よく?続けるしかない。
無論、セックスだけでお付き合いをしているわけではないのだから。

ところで、男性がぺニスを誉められると嬉しいのであるが、女性はヴァギナを誉められたらどう思うのだろうと思ってきた。

女性の場合は羞恥心が強く、直接的に性器を誉めることはかえってこちらの印象を悪くするのではないか?と危惧していた時期がある。

しかし、結論は「誉めた方がいい」ようなのだ。
勿論、交際期間にもよると思う。
私は数回ベッドを共にしてから言うようにしている。

女性によっては締め付ける練習をしたりと努力をしてくれているようなのだ。
それに一度として射精ができなかったことはない。
それならば、誉めるに値することになろう。

そして、現に何度も「嬉しい」と言われたことがある。嫌な顔をされたことはない。

そこは男女共通なんだね。

かくありたいなと思うカップル

この時期になると肌の露出が多くなる。
変な言い方になるが、誤魔化しが効かない。
それは体型だけではない何かがあると思う。

昨日彼女とデートをした。
酒を飲む予定にしていたので、久しぶりに電車で移動をした。

車だからどうでもいいという訳ではなく、電車だから、より身なりには気を遣う。
衆目に晒される機会が間違いなくアップするからである。

こうした時、他のカップル、特に同世代には目が行くのだ。

この歳で夫婦ではない可能性の方が少ないのであろうが、「どういう関係かな?」なんて想像をする。

会話の内容を聞くとやはり夫婦だったりする。
先ず、私と同世代で夫婦仲良く休みの日に出かけることが素晴らしいことと思う。
それだけで私たちよりも間違いなく人として出来ているということになる。

ただ、二人して衆目に晒されるならば、もう少し気を遣うといいのにな、というケースは多く見るのである。
夫婦の緊張感の無さを世間にまで持ち込んでしまっていることが散見される。

また女性の方だけが着飾っている場合もある。
あれはまたどうなのかな?と。

相手に興味がないのか?
少し意見をしてあげるといいのにな、と思う。
あ、これは若いカップルでもいるけどね。

昨日出会ったカップルの中で「ナイス」と思ったのは、恐らくだが男性が60代前半、女性が50代後半というカップルであった。

恐らく観光でこの地に来たのだと思う。
男性に話しかける女性の笑顔がとても素敵であったし、それに返す男性の笑顔も素敵であった。

会話の内容からして、夫婦ではなさそうである。
恋人同士であることは間違いない。不倫関係なのかどうかわからないが。

男女とも肌の張りもいい。
何がナイスかと言えば、間違いなく未だにセックスをしているということだ。

二人からフェロモンが出まくっていた。

彼女も何となく気づいたようであった。

「俺たちもかくありたいね。」

彼女は笑顔で頷いていた。

10年ぶりにセックスをした女8

彼女のアソコは愛液で溢れかえっていた。
私が舌を這わせれば勿論口の中にそれは入ってきたがかまうことはなかった。
ピチャピチャといやらしい音を立てるほどであった。

音と言えば、彼女の口からは大音響であえぎ声が奏でられていた。
そして「逝く」と言うが早いか全身を使って果ててみせるのであった。

勿論それは膨れ上がったクリトリスを執拗に責めると起きたのではあるが左の大陰唇にもスポットがあり、そこでも身を震わせてくれた。

しかし、何度逝ってもギブアップをしない。
底無しであるのであった。

前戯だけでも十分に楽しめることがわかったのであるが、私も欲望に負けてインサートがしたくなってしまった。

溢れかえる蜜壺の入口に舌を当てた。
すでにいつでも私を受け入れられるようにぱっくりと開いたヴァギナの中に舌を忍び込ませた。

入口をなぞるように舐め、そして、舌をすぼませてヴァギナの中に突っ込み、出し入れしてみた。

「それ、いい。変な気分になる。」

いい感じだ。
もう少し固くて長いものを欲してくれれば、と思ったのである。

しかし、それを続けてもなかなか彼女は求めてくれない。
どころか舌の出し入れで絶叫してしまった。

感度の良い女性は意外と多い。
しかし、ここまで感度がいい上に何度となく追求してくる女性は初めてであった。

私は頭の中も身体も興奮しきっていた。
そして、恥ずかしながら身体の欲望が勝ってしまった。

「入れてもいいかな?」

「お願い、」

私は上半身を起こし、彼女の上に覆い被さった。

フェラをして欲しいと思うならば。

私はアダルトビデオというものをほとんど見たことがない。

いや、大学生くらいまでは親に隠れて見ていたし、興奮もした。

ある時、深夜のちょっとエッチな番組を観ていたら夜の街で働く女性が言っていた。
「アダルトビデオの通りにしてくるから困る。」

この言葉を聞いた時、あれは指南書にはならないとわかった。その途端に見る気が失せてしまったのである。

ちょうど年上の女性とお付き合いを始めた頃で、我がセックスライフは充実していた。
だから指南書とならないあれを見たところで意味がないと思ってしまったのだ。

そもそも他人のセックスを見て楽しいとは思わない。羨ましくはあっても。

そんな私がたまたまこのようなことを始めてからアダルトビデオを見たのであった。

相変わらずストーリー性もないセックスシーンが映されていたのであるが、1つだけ20年前と異なるシーンが見受けられた。

男優さんのアンダーヘアが一部ないのである。
そう、ぺニスの部分とタマタマからお尻にかけてのヘアがないのだ。

「これはいいかもしれない。」
そう思ってしまったのであった。

さて、真似するにもどうしたことか。
カミソリで剃るのはあまり宜しくないことはわかっていた。

かつて毛ぞりしていた女性とセックスをした時にチクチクしたことがあった。

これは私がそうすると同じような支障を来すような気がした。

だからと言って脱毛剤のようなものを使うのは少し怖い。
更にエステのようなところでやってもらうのは極て恥ずかしい。

と言うことで「抜く」ことにしたのである。
風呂やトイレで地道に抜く。
情けなくなることもあるが致し方ない。
自分で決めたことだから。
今でも続けている。

なぜこんなことを続けているかと言えば、これをした後に当時の彼女がフェラをちゃんとしてくれるようになったからである。

私は女性にフェラを強要することはないし、それがなくても勃つので拘りのようなものはない。

しかし、してもらえるのは嬉しいのである。

当時の彼女はフェラが嫌いであった。
たま~に気が向いた程度の時にしてくれる程度だった。

しかし、私のヘアが下半分無くなっていることに気づくと丁寧にフェラをしてくれるようになった。

気持ちいい、タマタマや裏筋まで丁寧に愛撫してくれるようになったのであった。

確かにそれはそうなのかもしれない。

女性はアンダーヘアにまで気を遣う。
それに対して男性は無頓着過ぎるような気がするのだ。

アンダーヘアをボーボーにしていたら、フェラの時に抜けて口に入ることもあるのではないか?

そう思うと私も女性に大変な失礼をしてきたと思うのである。

それに、陰茎のヘアを根元まで抜けば、愚息がちょっと大きく見えるかもしれないものね(笑)

これからも続けて行こうと思う。

ショボくれたおじさん

毎朝通勤をしていて、そして普段街に出たりして、「こうにはなりたくないな。」という同世代がいる。

チビ、デブ、ハゲという三要素については、既に結果がはっきりしているチビを除いては「ならないように」努力をするしかない。

デブとハゲについて言うと普段からかなり厳しい寸評を自らの口から吐いていることから「今さらなれない」というのがある。
困ったものだ。

それよりも怖いと思うのが、「ショボくれたおじさん」になることだ。
私の世代になると結構多いという現実がある。

女性でも「女を捨てている」というのはある。

私はこんなことを9年近くしていて、「男とどうにかなりたいのであれば、もう少しちゃんとしたらいいのに」と思わせる女性がいなかったと言えば嘘になる。

しかし、もともと需給バランスがズレていることから、そうした女性でも疑似恋愛できてしまったりするんだね。
これからそうした世界にいきたいと思う女性がいるならば、相手を選ばずに考えるならば、そういう意味では自信を持っていいと思う。

一方で男は女性よりも「セックスしたい」願望があるのは事実で、普段見る「ショボくれたおじさん」も、もしかすると恋愛を求めているのかな?なんて思ってしまう。

自らはそうなりたくないよね。

「この男に抱かれたい‼」と思わせる見た目と雰囲気は保ちたいと思う。

年々、経年劣化していくことは身を持って思う。

ただ、それに甘んじてしまっては「いけない」と思うんだね。

女性が「この人に許してもいい。」という要素はいろいろあると思う。

それにオスである部分は要素として残しておきたいな、なんて思って日々を過ごしているわけである。

毎朝鏡を見た時に「ショボくれているな。」と思う時がこうした世界から足を洗う時だと思う。