ゲスな男、ゲスな女(9年間の不倫と今の戯言)

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。言いたいこと言うばかりで参考にもなりゃしないと思います。コメントは承認制にしているので、非公開の場合はその旨書いてください。

元セフレからのライン

先月、突然元セフレからラインが入ってきた。
2年ぶりくらいであろうか?

この方の場合はお付き合いしているうちに私に恋愛感情を抱いてしまい…というパターンではなく、私とお付き合いしているうちに何かに気づき彼氏さんと元サヤ?に戻ったという感じでお相手から別れを言ってきた。

私はセフレと別れる時に連絡先を消してラインはブロックする。恋愛感情を抱かれてしまった時は当然であるが、この方のような場合も同様である。

何人かは男女関係をやめても人間関係だけは継続したいと言われた方もいたが、きちんと話をした上で連絡先を断つようにしている。

なぜそうするのか?というとそれはひとえに自信がないからだ。
中には男女関係を止めても普通にお付き合いができている方もいるようだが、私はちょっと無理なのである。後戻りするようなことは恐らく自分に無理を強いると思う。

しかしなんでラインに入ってこれたのかな?と思ったのであるがどうやらスマホを替えたみたいなんだね。電話番号も替えたらしい。

彼氏さんとは別れた、と書いてあったし、それを機にスマホを替えたというのは暗にあまりいい別れ方をしていないということなのかな?そして、私の連絡先は残したままであったということであろう。

ラインの内容はそのあたりのことが書いてあった上で「会いませんか?」と。

答えは決まっているのである。
もちろんノーであり、その返信を終えた上でブロックなのである。

やはり自信がないのである。
なんの自信がないかと言えば、会って酒のひとつも飲んでしまったら、口説こうとすると思うのである。
男というのは肉体的に異性を欲するものなのである。

さらにこの女性に関して言うとセックスの相性がいいことはお互いに実感していた。だから、会ってしまったらしたくなると思うんだよね。

もっと言うとギラギラと口説きにかかった時、その気なのは私だけで「そんなつもりはない」と断られたら目も当てられない。

別れた時はいい印象だったものが、一瞬にして総崩れとなるのである。

ええかっこしいであるならば最後までと思うのであるが…下心が勝つに決まっているのである。

そんな自分であるからこそ…未然防止しておかないといけないと思うんだよね。

ホスピタリティーということ

ホスピタリティーとは「思いやり」とか「おもてなし」とかいう意味らしい。

ホスピタリティーのある女性というのは意外と多いと思うし、それを自認している女性もいる。

しかし、その献身的な姿というのはそれまでの日常によるのであり、受ける相手によって違うと思うのである。

ここで安易だなぁと思うのはホスピタリティーがある=Mで、ないのが=Sという分類である。
なぜなら、そこへの表現をセックスに準えてしまった瞬間にプレイ内容に転嫁されてしまうからだね。思慮が浅いと言わざるを得ない。

ホスピタリティーを受けたいのであれば真逆の俺様キャラであればいいのか?真逆の男が受けるべきものであるのだろうか?

違うと思うんだよね。
ホスピタリティーを受けたいのであれば、自らそれ以上のホスピタリティーを与えないといけないと思うんだよね。

私はあえてホスピタリティーを「自己犠牲」という日本語変換をしたいと思う。おもてなしや思いやりの究極はそこにあるのではなかろうか?

「自己犠牲」、「無私」の気持ちを払ってでもすべきものがホスピタリティーだと思う。

お相手がそういう人だったとする。
それを貫いてきたから、そういうことに慣れてはいる。
しかし、それに甘えるのが、その人とストレスのない関係を築けるのか?というとそうではないと思うのだね。

むしろ我慢してきたということに対する解放をもたらすことがその人に対してホスピタリティーを与えるということなのではないのかな?

私はそうしたい、と常に思っている。
真の姿をさらけ出してあげることがその人へのホスピタリティーと思う。

仕事においても「お言葉に甘える」人間が如何に多いことか?
やった者負け、くらいに思うことが多いのであるが、それがステディとのお付き合いの基本になっていることも事実なのである。

「負けたが勝ち」というのは昔からよく言われる台詞だが、真理をついてると思うね。

一般的な人と人とのお付き合いに於いて「負けたが勝ち」が基本なのだろうな…と思うのである。

それが好きな相手なら尚更。
恋愛感情を伴っているならばもっとそうだよね。

もっともっとホスピタリティーを持てたら、尽くせたら、と思うよね。

デートしているうちに詳しくなったこと

女性とお付き合いしていて詳しくなったのは、ひとつは無粋なことを言えばラブホテルなのである。

セフレと行くホテルはステディと行くところとは違うところにしたいというのがなんとなくあるのとお二人、「いろいろと行ってみたい」という方がいてあれこれと行くうちに繁華街の密集地のものは別として、市内各所に点在するものに関してはほぼ制覇?してしまった感がある。

「いろいろ行きたい」という奇特なセフレさんがお二方いたことからさまざまなレベルのところに行った。シティホテル並みというのは本当に数えるほどで逆に「ここ本当に行ってみる?」というようなところにも行けた?のは女性がチャレンジャーだったからであろう。

まぁ、外観以上のものはなく、中に入ったら意外にも…なんてことはない。「声丸聞こえだな」なんてところもあった。だってほかの部屋の声が聞こえるのであるから…

ラブホ以上に詳しくなったものと言えば、やはり飲食店だろう。
ほぼ毎週ランチはするし、月2回くらいは夜飲みにも出る。

仲間からいいと口コミで聞いたところは必ず行くようにしていて、ランチについて言えばデートの方面によって2、3ヵ所の二人のお気に入りがある。

ステディとはそう言ったことでもう決まった店があるのだが、セフレとはラブホ同様に店を変えていた。それはラブホのように何となく嫌というのではなく、明確な理由がある。それはほとんどの店で店員さんから覚えられているからなのである。

夜の飲み屋についても同様。
こちらについての特徴については個室居酒屋のバリエーションが広がった。理由はおわかりか、と思う。

そんなことで仕事仲間やライトな接待ならば店に困るようなことはなくなったね。

セフレたちからよく聞かされた愚痴は彼氏が「最近、チェーン店の居酒屋ばかり」ということ。当初はそこそこの店に行っていたのに気づいてみればそんな感じらしい。

私がステディを連れて行くのはそんなに高い店ではない。背伸びするのは「記念日」くらいのものだ。
チェーン店や立ち飲みも行く。

たぶんセフレたちが言いたかったのは値段の問題ではないと思うのだね。雰囲気であったり、味であったりにこだわって欲しいと思うのではないだろうか?
何より毎度チェーン店という安易さが嫌なのではないだろうか?

そうそうところが他に男を求めてしまうところなのかなぁ?と思う。

アダルトビデオか?実地か?

前にも書いたのであるが、このブログの中で過去にお付き合いをした女性の情交シーンを含んだものを書いている(最近は主に週末にアップしている)ものがあるが、これはサイトを利用していた頃にサイト内のブログにエロ小説を書いていた方がいたことに端を発する。

確か四国に住んでいる方であったのであるが、その性描写は非常に上手であったし、その日記をフォローしている人も多かったと思う。

私のブログの性描写を見て目を覆った方もいらしたようであるが、その方のそれははるかにストレートであったと思う。

そして、読み手のことを考えたデフォルメがなされていたところがある。
だからこそ面白いと感じる人が多かったのだろうとも思う。

私はアダルトビデオというものをほとんど見たことがないのであるが、もしかしたらこの方をプロデューサーとしてビデオを製作したら面白いものができるのではないかな?と思っていた。

一方で私の性描写というものは、正直なことを言えば多少のデフォルメはあるものの、基本的には実地に基づいたものである。

発端はその方のブログではあるものの中身はまるで違うものとなっているのである。
だからご覧になって「まさかこんなプレイはしないだろう」というものはないと思う。

もうだいぶ長く書いているこのブログの読者さんが10名程度ということは支持されていない証なのである(それら読者さんたちにはとても感謝しています)が、こんなスケベブログを書くには一応理由というものがある。

私はステディ・セフレ併せて40人以上の方とお付き合いをして、最初は自らの経験の浅さに呆れたものであるが、途中からはお付き合いする女性がなんてかわいそうなお付き合いをしてきた、そしてしている…ということをなんとかしたいかな?なんて思うことがブログを書くモチベーションとなっているところがある。

セックスというのは大人の男女関係のシンボルとも言っていいと思うのであるが、それさえもおざなりにされている女性がなんと多いのだろうな?というのがこれまでの私の実地体験で思うことなのであるね。

特に男性はセックスに興味があって、セックスをしたいと思うものと私は思っているが、だからといってそれを上手になりたい、つまりは二人で楽しみたいという考えにさえ及ばない人が多いらしい。

自らの快楽さえ求められればそれで良いと思うのかね?

私が性描写する時は私が愛撫をしているシーンが多く書かれていると思うのである。私が気持ちよくなっているシーンが少ないから性描写としては面白くないのかもしれないね。
特に男性にはね。

しかし、あぁした内容は男性にこそ見て欲しいかな?なんか前戯さえロクにしてもらえない…なんて話を聞くとね。

一応私なりに経験して女性が感じてくれた最大公約数は必ず書いているつもり。
だから女性が変わっても同じようなプレイになっていると思う。
あとは女性に聞きながら、とか試行錯誤しながらその女性に合ったことをしてバリエーションを持った感じだよね。

そのあたりは普段書いているメンタルな面も一緒だけどね。

何事もされたい、なら先ず自分からするしかないと思うんだよね。

下に見ない、下に見られない。

常々ここに書いているように男女のお付き合いは50:50だと思う。

むろん、一つのモノサシで計れば人の優劣はあると思うが、全体を通してみればあまり大差ないのではないかな?と思うのだね。

一番問題だと思うのはその劣の部分をとやかく言い過ぎるということである。もっと言うとそのとやかくが自らのモノサシだったりすると本当に性質(たち)の悪いことになる。

一般的に言ってもこうした人間は多い。表面的には謙虚にしていても、ふとしたことでこうした心の横暴さは出てしまうのである。人間関係がうまくいくはずもない。

かく言う私もそうした心の横暴さが現れてしまうこともある。「人は感情の動物だから」などという人がいるが、普遍性をもって自らのていたらくさを言い訳にすることこそ横暴極まりないと思う。

こう考えると意識的にしていないと50:50の関係は生まれない。

「そんな関係は疲れる」と思うかもしれないが、私は好きな人に対しての悪感情ではない気持ちの疲れであれば、それは心地よいものなのではないかな?と思うのである。

そこを意識せずにお相手の気持ちに甘えてしまうだけではいい関係は生まれない。

性差別はもってのほかであるが、年齢や生きざまなどで下に見るようなことはあってはならない。守るという気持ちと上から目線にならないということは併存して当たり前だと思うのであるが、それができていない男性が多いことに気づく。力の論理なのか?なんて幼稚な発想なのであろうか。

差別的な考えは社会の中では一定生まれるのは致し方ないことと考えている。しかし、身の回り、特に好きな異性に対してそれをしてどうしたいのであろう。

私の場合は逆の悩みを持ち合わせている。
常に下に見られないだろうか?と思ってお付き合いをしている。
むろん、だからといって去勢を張るようなことはしない。

ステディは私のことを下に見たりしないのであるが、彼女の豊富な知識量、快活さ、そしてホスピタリティーに圧倒されないようにしている。
だから日頃から研鑽するんだね。

少なくともホスピタリティーについては「負けない」ようにしたいと思っている。

「好き」は魔法のことば

好きな異性がいる場合にメールなどで「大好き」などと入れることはないだろうか?

私はステディに、そしてステディは私に毎日「大好き」と入れる。
「愛してる」はちょっと重いが、「大好き」ならばお互いの思いを伝えるには良い言葉であるのではないだろうか?と思うのである。

しかし、これは本当に「好き」という前提で言っているのであって、ふだんからの所作などでお相手が自らに好意を持っているかどうかなどわかりそうなものなのである。いや、わかるよね。間違いなく。

女性というのは常に情緒的である。
それを悪いと言っているのではない。
カッコいい言い方をすればリアリティを求める男性に対してエモーションを求める男性がいるから、そのギャップが恋愛していて楽しいという部分もある。そして悩みでもあるのだね。

逆じゃないの?と思う人も多いかもしれないが、よーくご自分のことを考えて欲しい。
男性は男社会の中でリアリズムを求められるがためにいつの間にかそれに毒されているのである。

そして、どこかで冷静?いや、冷めている男性は女性がその男性に占有されたことを実感するとその女性に対して強気に出たりする。

これはDVに悩む女性の経験と一緒で逃げられないということを(勘違いも含めて)男性が思ったとたんに始まるのであると思う。

ひどいことをされても「好き」と言われてしまうと女性は許せてしまうというところがある。
女性が惚れている前提だけどね。
「◯◯◯だけど、貴女のことが好き」
ズルい男というのはこういう言い方をする。
「大好きなんだけど◯◯◯だけは止めて欲しいかな」
こんな言い方はしない。

末尾にそれを持ってくるところに魔法の力があるのさ。それで全て許されてしまう…みたいな、ね。

意識しているかどうかは別として女性はつながる男性のそれに騙されているところがあると思うのであるね。

それが魔法のことばである以上、私も使わない手はないよね?
いや、ごまかすつもりはない。

でも、毎日お互いに言うことでお互いに安心するところがあると思うんだね。

だから今日も言う。

でも、「大好き」と単純に言うか、「大好きだけど◯◯◯」と言うか?だろうね。

私は逃げたくはないから。
言霊で女性を引き付けたくはないよね。

そして「好き」とはそんなに軽いものではないと思うんだね。

飽きさせないようにする

大変難しいことなのである。

ステディとのデートはルーティン化しているからだ。

会って食事をして…これは楽しみではある…その後の過ごし方はパターン化してしまうんだよね。

ホテルに行く…まぁ、これはまだいい。
しかし、そればかりだと、と思ってどこかに行こうにもこの地方都市ではそれも限られてくる。

じゃあ首都圏ならばいいか?というと「それはそれでお金がかかるね」ってことでステディとの意見は一致しているのである。

まぁこの地でも金さえかければもっとデートの場所はあるのかもね。

ただ男という弱い立場からすればステディを飽きさせてはいけないのである。

私がしてきた経験の中で楽しかったことを凝縮してステディに伝えたいと思う。

私は運動音痴であるが、それでもいくつかやったプレイヤーがあって、そうした競技を一緒に見に行ったりする。

もちろん、そこであまりディープに行き過ぎないことも大切だよね。ステディが嫌気がささない程度に私の言葉に「そうなんだ。うん、うん」と聞いてくれる程度に無理をさせるくらいがちょうどいいと思っているよね。

もしかしたら考え過ぎなのかもしれないけど、人間関係は考え過ぎていけないということはないと思うんだ。

普通にしている部分が多いからこそ、そこで緊張感がなくなって甘える部分がある。
それはそれでお互いにいいとは思うのだね。

この歳になってわかったことでもあるのだが、求めるなら、求めさせることが必要なんだと思う。

女性はとても謙虚だ。
言わないことが多い。

だからこそ、言わせる環境、それがお互いの関係をフラットにすることが一番重要なのである。

さらに言わせるとすれば、私がバカを演じることがあるという時があっていいということなんだと思う。

お互いのためにね。

だからこそ検索してしまうのさ「中年、デート、札幌」なんてね。

セックス以外でお互いが楽しめることがないといけないと思うんだよね…

出会い系サイト初心者の女性に告ぐ~ラスト

この話も最後にしたいと思う。
この内容を伝えたいな、と思う対象の方がどうやらサイトから離れてしまっているように思えるからだ。まだ書くことはあるのだが、あまり意味がないのでラストとしたい。

向き、不向きは当然あると思う。

確かに知りもしない相手とサイトであったとしても会話するということに忌避感を持つ人もいるだろうね。
しかし、もともと知り合いだとしても男女の関係になって初めてわかる、なんていうこともあるのではないか?と思うのである。
いや、もっと言うと男性が占有感を持った瞬間に冷たくなる、とかあると思うのだね。
そのあたりは一緒かな?とも思うのである。

また、かなりマメにやり取りをしないと相手のことがわからないというところもある。このあたりが面倒くさく思うなら不向きだよね。
しかし、声をかけられるのを待つのか?はたまた声をかけるのか?私にはいずれも不可能である。
ソースがないから致し方ない…だからマメにやり取りをして極力相手のことを知るということをするのだね。

事実関係だけを言えば私が二人のステディと出会うきっかけとなったのはこの出会い系サイトである。
長い期間お付き合いしてもらったし、させてもらっているというところだ。

一方で目的意識が違うとは言いながらもその間に40人以上の女性とお会いしているが、もしステディがいなかったとしても恋愛関係にはならなかったと思うのである。

これらをどう捉えるかは人それぞれだと思うし、男女の違いはここでは当然違ってくると思料するのである。女性の方がより自らの目的にそぐわないお相手を引き込んでしまうと思うのだね。

今後どうされるのかはわからないのであるが、私がこのタイトルで書いていた対象の方に良いお相手が見つかってくれたら…と切に思うのである。

おしまい

セックスが嫌いな女~その10

私は彼女を腕枕しながら話をした。
髪の毛を撫でながら世間話を始めたのである。

身体の反応を見る限り、この女性はセックスが嫌いなわけではない。セックスが怖いだけなのである。

30分も話をしただろうか?冗談なども交えたためにどきどき彼女にも笑顔が生まれたりした。いい傾向にあった。

私はライトなキスをしたり、身体を撫でたりした。その時には努めて柔らかい表情で彼女を見つめるようにしたのであった。

彼女は突然言った。
「もうしてもらえないのでしょうか?」
そしてベッドの端に身体を移すとそこに腰かけ、自ら下着を取ったのであった。
「してもらえませんか?私を女にしてください」

この言葉に私は興奮を覚えた。
「大丈夫なの?」
「はい。今日は覚悟を決めてきたのに…嫌がるような素振りをしてごめんなさい。私から頼んだのに」

「おいで…」
私が自らの横に彼女を導くと彼女は素直にそれに従い、そこに横たわった。

「気持ちいいことがあったら、声を出していいんだよ。恥ずかしいことじゃない。みんなしていることなんだから」

そう言って私は愛撫を再開したのであった。

耳からうなじにかけてリップをした時に「ううっ」と謙虚ながらも小さな声が漏れた。

「くすぐったい?」
「すこし…」
「くすぐったいのは、のちのち性感帯になる可能性がある、というところだよ」

そう言ってリップを首から肩に移し、肩甲骨に沿って舌を這わせた。
「あっあっ」
すこし大きめの声が出たのであった。

「いいよ。感じる?」
「はい。とっても…」

いい傾向にある。

私はいよいよ唇を胸に近づけたが、それらは彼女の両手でガードされていたのであった。

つづく

【続】身体を差し出す。

その後のことについては過去に書いたと思う。
同じことを書くかもしれない。
そこから4年近くお付き合いをした。
半同棲した時期もあった。

最初に彼女を抱いた時はかなり緊張をしたことを覚えている。
なかなかホテルに入れなくてランチをした小金井からずいぶん離れたひばりヶ丘まで行った。

明らかに慣れていない私を彼女は優しく導いてくれた。緊張の面持ちだった私は彼女の導きに満面の笑みを浮かべたことを後々聞いた。

しかし、その一方で一度目の情交を私があっけなく果てて終えた時、彼女の目には涙が浮かんでいたのであった。

「気心知れた人とセックスするって気持ちいいね」
涙しながら彼女の言った台詞は今も忘れない。
明らかに下手くそだったんだけどね。


身体が差し出すという意味ではセフレと呼ばれる女性は私にそうしてくれた。

この女性たちが最初の情交で泣くことはなかったが、後々泣かれたことはある。

そうした女性はその後私との本気の交際を依頼してきたのであった。

最初に泣かれたと言うと二人のステディもそうであった。

その時に過去の辛さが現れるのかもしれないね。


だとすると歳上の女性も身体を差し出す、と言うことをしながらも、その時に既に私との本気の交際を考えていたのかもしれないね。

それ以前の問題として「いけない」と思いながらも私の方がのめり込んでいったのであるけどね。

それと共に彼女ものめり込んでいったのは明らかであった。

別れの時の彼女の乱れようは大変なものであった。
そこに年齢差なんて関係がなかったね。


女性がセックスをすると決めた意味合いは男性とまるで違うことはこれだけでもわかるよね。

だからいたずらにセックスをしてはならないと言うことなんだろう…と少し前に思ってセフレを解消した。

泣かれてはいなかったけどね。

女性には身体だけの関係なんかあり得ないのであるよね。

差し出されても…男として、その重みを感じないといけないと思う。

おしまい

バブル期に弾けていた女~その17

私はいよいよをもって局部に舌を当てようとしていた。

それにしてもここまで臨戦態勢に入っているヴァギナの入り口を見たことがなかった。先ほどまで私が舌を当てていた大陰唇はぱっくりと大きく開いていて穴の中まで見れるほどであった。もちろんそこからは私の唾液をはるかに上回るほどの樹液が漏れていたのであった。

これを考えると過去の私の愛撫は甘かったのかな?なんて思ってのであった。
私はこの後インサートをしたら中で暴れたい方だ。
この私にとって最適なる状況を作り出せなかったのは見れるの愛撫が不足していたのかな?なんて思ったのである。

そのことについては「個体差」があることがわかったのであるが、これを機に私の前戯が長くなったのは言うまでもない。


いよいよ私はクリトリスに口を近づけた。
そして軽く吸ったのである。
チュッチュッと。

勝負は早かった。
彼女は「やー」と絶叫すると「逝く」とも言えずに身体をバタつかせたのであった。
昇天したのである。

しかし、私は攻撃の手を休めなかった。
彼女は「死んじゃう~」と言ったが、それで死なないことなど過去の経験でわかっている。

今度は舌の先でクリトリスをグリグリと刺激してみた。
「あ~おっきいの来る~」

この女性は中も外も感じ、逝くポイントを知っているのであるな?と思ったのであった。

それでも手を休めることはなかった。
もう声さえも出なくなった彼女はベッドにバウンドするほど身体を震わせていた。

その姿を見て、私も完全復活したのであった。
そろそろいいかな?という感じであった。

つづく

身体を差し出す。

何回かここでも書いている若い時の歳上の彼女さんの話である。

学生時代にあまり浮いた話もなかった私は既にこの歳上の女性とは知り合いであった。
もしかすると家族以外で一番話をする女性であったかもしれない。

就職した私はひょんなことから同級生とお付き合いをする…しかし、半年後には同級生が留学をしてしまい…そしてフラれるのであった。

私は危機を感じながらも留学先に飛ばなかったのは、かんたんに言うとそれほどこの女性のことを好きではなかったのかもしれない。

何度か前彼との比較をされたことがあったからその前彼との比較でフラれたものと思っていたのであるが、実はそうではなくてたまたま留学先に訪ねていった共通の知り合いとデキてしまったらしい。

私は苦笑するしかなかったのであるが、それを知った共通の知り合いは後々、彼女と私が付き合っていたことを知って慌てたらしい。
ある場所で出会った時に謝ってきたのであるが、もちろん彼を責めることなどできない。「俺にとっては今一つだったけど、おまえにとっては最高ならばそのままお付き合いを続けてくれよ」なんてちょっと臭い台詞を吐いたかな?私からすると彼との人間関係を失いたくはなかったからね。

・・・そんなことを正直に歳上の女性に話してしまったのである。一年ぶりくらいの再会の場でね。

「今度二人で飲みに行かない?」
飲んだことは過去にもあったが、二人というのは初めてだった。

飲みの場で彼女は私に今の自分が有閑マダムを気取っていて、何人かの男に抱かれた経験があることも言っていた。そして「私で良かったら」と自ら私に身体を差し出したのであった。

私からすると憧れの女性であったために嬉しくて仕方なかった。その週のうちに有給休暇を取得して、彼女を抱いたのであった。

私は独身であったがこれが最初の不倫経験なのであった。年齢差は17歳であった。

つづく

ウソのプロフィールを書いていた女~その12

私はまず大きめの乳輪の外側に舌を這わせた。

ビクッと身体が動く。
やはりそこは感じるエリアであることには間違いなかった。

たまにバストの大きな女性の乳房を揉むことがあったが、そうしたことをした時の女性の感想は「気持ち良くない」というものであることが多いようなのである。ネットなんかで見ると…ね。

でも、乳房には乳腺が張り巡らされているのであるから感じないわけがないんじゃないかな?と思う。
要するに男の願望だけをするからそのあたりを問われてしまうのだ。

私は乳輪を丁寧に責めたあとに彼女の大きな乳房に舌を押し付けた。そしてごりごりと押し潰すように舌を当てたのである。

間違いなく恥ずかしがり屋である彼女の口から声が漏れた。

そうした行為を左右にしてみたのである。
もはや、彼女の表情は恍惚であった。

私の意図がわかってしまったのであろうか?
焦らすプレイに堪えがたきものを感じたのかもしれない。

彼女の口から出たのは「おっぱい舐めて」なのであった…この時の「おっぱい」とはニブルのことであろう。

リクエストがきたならばそこに舌を持っていかないといけない。私はいよいよ乳首に舌を持っていった。

乳首をチュッチュと吸う、舐め回す、舌先でなぶる…いろいろとしてみたが、彼女の反応はすごぶる良かった。

声と共に身体も反応をしていた。
「あっ!」というかわいい声と共にベッドの上で跳ねるかの如くの大きな反応を示したのである。

普段地銀に勤める配偶者の妻として、貞淑に過ごしてきているのであろう…そして、その姿は私も騙されていた。

しかし、ここまでのプロセスを終えた時、この女性がセックスが好きなような気がしてきた。

恐らくこの時点で下半身に手を伸ばせば既に洪水であったと思う。

しかし、そうしたい願望を抑えて私は乳首への愛撫を続けたのであった。

狭いホテルの個室に声がこだましていた。

つづく

普段着に気を遣う

以前にも思ったことであるのだが、こういうことを始める前後では洋服への気の遣い方が全然違うな、と思うのである。

私は特段おしゃれではないし、自分の身の丈に合ったものを着れればそれで良いと思っている。その点は変わらない。

しかし、以前は寒暖や機能性の方を追及してしまい、あまり見た目がどうと言うのは気にしていなかったように思う。

やはりこういうことを始めてからは異性の目を気にするようになったからか見た目も気にするようになったのであった。

だからといってあのちょいワルおやじのようなものには憧れない。確かに似合っている人もいるし、どーでもいいかっこうをしている人に較べればいいとも言えるが大概は「痛い」感じがするのだよね。あれは自意識過剰じゃないとできない。

それに…である、あんなかっこうをした男性と一緒に歩く女性は服装に困ってしまうのではないかな?と思うのである。

昭和初期の言葉として「ハンドバッグボーイとステッキガール」といういう言葉があったらしい。
女性からすればハンドバッグ=持って歩いていい男というような意味のようだ。

私はステディにとってこの言葉のような男でいたいなと思うのだ。一緒に歩いていて、見栄えはしても主役にはけっしてならない、という感じかな。
貧相ではいけないけど目立ってもならないという感じだ。
普段着ということが一番着る服となると間違いなくスーツが普段着ということになる。

これまた2着だけちょいと高めのものを持ってはいるが基本的には「つるし」なのである。
そう大衆店やスーパーで売っているもので十分と考えている。だってサラリーマンにとっては作業着だし、服が仕事するわけじゃないからね。

私は普段は安いスーツを着ている。
これまた「つるし」を着て似合うとまでいかなくても違和感のない姿は保っているからできていることなんだけどね。

そう、素の体型というのは重要だ。
痩せてりゃいいってもんでもないがデブは話にならない。

ただね、この地域にいる以上は冬場動けなくてね。
それだけ寒いのさ。

普段着が似合う男としては「無用にデブ」はありえないんだよね。

しかし、ゴールデンウィークにちょいと太ってしまったから…明日からダイエットしないとな、という感じさ。

また経過報告しようと思う。

ぺニスが大きめということよりも…

ちょっと自慢話になるのであるが、過去にも何度か書いたが私は平均的な男性よりもぺニスが大きいらしいのである。太いと言われたこともあるな。

いや、どうなんだろう?それも怪しいよね。
だって確率50%くらいだよ。
たまたま私より小さい男性としか経験のない女性(普通そうそう多くの男性と経験はないだろう)やそう言うと男が喜ぶことを知っている(女性は男性が喜ぶ言葉を知っている)女性が言っていることもあるだろうから極めて怪しいのである。

実は平均以下なのかもね…なんて思うのである。

ぺニスの大きさなんて主観論でしかないし、あんまり較べようもないから誉められたところであまり嬉しくもないのだね。実は。

人って五感よりも機能的なところ(能力)を誉められた方が喜ぶし、お相手の五感で言えば自らが実感できるところで誉められたいということがあると思う。

そういう意味ではいくつかお付き合いをしていない人にも言われたことがあることを言われた時の方がはるかに嬉しいかな?

私なんかでもそれはいくつかあるのだが、特に嬉しいのは「足が長い」と言われることなのである。

もちろん、これをショップの店員さんに言われたところでお世辞だろうし、自らも周りを見ることができるから現代の若者の腰の高さは私の時代の比ではない。

だからその言外には「その年代にしては」という枕詞がつくのであろうね。

しかし、言われればこちらはかなり嬉しいのである。二人で他人の目にさらされている時でも私のそうした部分も彼女の気持ちを満たしているということだよね。それはとても嬉しい。

人間見た目ではない。それは自らにお相手がいたり、お相手ができたことからも正しい話かと思う。

自らも見た目で勝負できないことなど痛感しているからね。

でも、そんな人間が見た目を褒められたりすると豚も木にのぼるのである。

気持ちで勝負したいからこそ、見た目を褒められたいというところがある。

もしお付き合いをしているお相手がいるならば、その人の見た目も褒めてあげたらいいと思うのだよね。

意外と女性はこれが上手ではないような気がする。

気持ちの面では性善説でいかないといけないと思っているのだけど、見た目も観察力を持っていいところを見つけてあげたらいい。そしてそれを表現してあげる。

そうするとお相手も自らを良く見てくれるのではないかな?と思う。

逆もまた然り。

今のところそれはおおむね誤りではないと思っている。

もしそれで片務的な関係になったりお相手が高飛車になるのなら、それまでの関係だったと思うしかない。

選球眼を磨くしかないね。