ゲスな男、ゲスな女

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。

セックスという手段と目的について

セックスの意味合いについては恋人かセフレかで大きく異なる。

この週末、彼女ともセフレともデートをした。

彼女ともセックスをしたし、セフレとは夜飲みに行っただけだ。

何回か書いているのだが、彼女とはセックスの相性があまり良くない。まだ今のところは、と言いたいところではあるのだが、こればかりは解消されるものなのか、良くわからない。
お互いに努力していかないといけないのだろうね。

たぶん彼女もあまり相性が良くないと思っているのであろう。片方が思っていれば、他方が思って当たり前だ。

しかし、彼女は私とセックスをしたがる。
一生懸命合わせようとしてくれている努力も感じる。

私は、と言うと彼女とセックスをするのはやはり楽しいし、嬉しい。
合わないと言うのは、私のに比して彼女のが狭いと言うことだけなので、物理的な気持ち良さには全く問題はない。

でも、彼女との間でセックスがなくても全然平気なのである。
何をしていても二人でしていれば楽しいからである。

映画でもドライブでもスポーツでも、セックスと同じように楽しい。

ただセックスをするのは二人の関係をより親密にするためだけに過ぎない。その手段でしかない。

一方でセフレとの間ではセックスは目的だ。

これは私のだらしないところなのだが、プレイが楽しめるセックスもしたいのである。

こういうことを書くとしかめ面をする男性もいるかと思う。私もかつてはそのクチだった。しかし、男なんて大差ないと思っている。環境が許すかどうかの違いだ。

セフレとの身体の相性は合っていると思う。
私のプレイに感じてくれているし、向こうも奉仕的にしてくれる。

これまで出会った女性の中にもセフレ前提の方は何人かいた。そして、その中には本当にセックスしかしない人もいた。

しかし、女性の場合、好意すら抱かない男性と定期的にセックスをするということは普通は考えにくい。

うぬぼれに過ぎないのかもしれないが、今のセフレも恐らく私のことが「好き」なのである。

その結果が奉仕的なプレイに繋がるものだと思う。

だから私はその気持ちに応えるべく飲みに行ったりもする。そうすることで目的であるセックスをより楽しいものにしたいとの思いだ。

しかし、「好き」とは一切言わない。
そうした言葉遊びで感情を弄ぶことはしない。
もし、そう言えば、恐らくのめり込むだろう。

セフレという立場は変えてはならないと思う。