ゲスな男、ゲスな女(9年間の不倫と今の戯言)

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。言いたいこと言うばかりで参考にもなりゃしないと思います。コメントは承認制にしているので、非公開の場合はその旨書いてください。

サイトでなければ出会えない相手2

今、過去を思い返せばって話である。

サイトというツールがなければ間違いなく出会うことすらしなかったであろう女性とセックスをし、また継続的なお付き合いもした。

生意気な言い方をするようであるが、サイトを介さずに出会うとしたら、私は今の彼女だけかな?と思っている。

良くサイトのプロフィールで女性が書いているのは「価値観の会う人とお付き合いしたい。」というもの。

正しい反面、何を甘えたことを言っているのかな?と思う。

要するに「私の価値観に合わせて。」≒「私のわがままを聞いて。」ということなんじゃないかな?

勿論、私は女が欲しいのでそれに乗っかった時はあった。
それはこの場では書かないけど。

言えるのは価値観なんて二人で作ればいいだろ?ということ。

何故に完成形を求めるのかな?ということさ。

それよりも重要なものは生活観ということになる。

これこそがまさに「出会わない理由」となってくる。

バブル期だったと思う。
1億総中流意識、のようなことが言われた。

その意識の中でも間違いなく区別、いや、差別というものはあったと思う。

私は都内ではあるものの貧困な地域に育った。
小学校の同級生の半数以上が都営住宅の住民であった。

半数くらいが給食費を払えない家だったと思う。

私はその地域に浸ってはダメになると思い、自ら頼んで私立中学の受験をして、その地の民度から離れようとした。親は喜んだ。

大学生の頃、クラス会を開いた。私は一人別の世界を歩んでいたかのようであったので、当然?好奇の目に晒された。そして女の子達からもモテた。

きれいになっている女子もいた。
こちらが積極的になっていれば、恐らく口説けた子達もいたはずだ。

しかし、それをしなかったのは、間違いなく差別的な意識があったからだと思う。

これが生活観の違いであると思うし、そのクラス会の飲みの場でもそれを感じてしまったのだね。

環境の問題ではない。
自らの育ちが生んだ、自らの気持ちの中に差別の意識が生まれ、その結果が出会いを狭くしてきたと思うのだ。