ゲスな男、ゲスな女

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。

10年ぶりにセックスをした女21

家に帰るまでの間、スマートフォンには彼女からのラインがたくさん入ってきた。

私は日頃の仕事の疲れとその日のデートで使った体力に寝落ちしそうになっていたが、そのラインには丁寧に答えていた。

私はまだこの女性と今後も交際を続けていけるかについては、まだ疑問を持っていたのであった。

ただ新しい生活の中での楽しみを見つけようとしていた中では、彼女がそれに該当しそうな気がしてきた。

翌日から格段にラインのやり取りがより多くなった。
これはお互いの親和性が高まった証拠であると思った。

彼女は次のデートの日程を聞いてきた。
しかし、私は週末は2週間連続で自宅のある地に帰らないといけなかった。

3週間後に、とメールをしたが、彼女は不満足を表明した。
「そんなに会えないんだ」

新しい生活での楽しみを見つけたか?と思い始めただけに私は焦ったのであった。

それまでにも経験していたのであるが、大人の恋愛とは言いながら、実際にお付き合いを始めるとそれは若い時のそれと大差ないと思うのである。

もう関係が破綻した配偶者になら、あきらめをもって「許せる」行為も恋人に対しては「許せない」こともある。
無論、その逆の方が遥かに多いのであるが。

その「許せない」ことの一番の理由は「プライオリティを自らに置いていない」ということのようだ。

お互いに家庭があることなど最初からわかっていることだ。

しかし、関係が深まるに連れて、相手に対する独占欲がどうやら働くらしい。それは経験則でわかっていた。

お付き合いをする前提だったことが最早理由にはならない状態になることがある。
他に女を作るわけではない、家族に会いに行くということが寧ろ独占欲を掻き立てるようなのだ。
それは女性だからこそのものなのかもしれない。

「プライオリティを置いてない」→「ないがしろにされている」という考えに変化するのは長い時間かかりはしないこともわかっていた。
マイナス感情を自らの中で助長させるのは極めて早い。

私は予定を変えた。
三連休を利用して帰ろうとしていたが、最終日の便を夕方から朝に変えたのだ。

「祝日の午後に会わない?」

それは数日後のこと。彼女は単純に喜んだ。

私はホッとした。
一方で自らに無理をしていることもわかっていた。