ゲスな男、ゲスな女

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。

そんなに巧い男がいるわけでもないのかな?という話 その1

私が不倫というものを始めようとした時に心配に思ったことがある。

バレて離婚、などということの心配はまったくしなかった。このことについてはまた書くことにするが、そういうことにはならないと思っていたし、そうした争いになれば覚悟は決まっていたのであった。

もっと単純な話として、お付き合いを開始してゆくゆく肉体関係に陥った時に私のセックスは世の女性に通用するのであろうか?ということが心配なのであった。

無論、その経験を高めるがための不倫経験、という意味合いもあったのであるが、身体を重ねた時に「え?いい歳してこの程度なわけ?」と思われるのも何とも恥ずかしいなと思ったのである。

何せ女性経験はそれまで数えるほど。不満は言われたことはないが、お付き合いをしている男性に対して「下手くそね」とはなかなか面と向かっては言わないと思うし、特定の女性と数多くすれば工夫というのも生まれるわけである。

不倫相手を探すソースとして出会い系サイトを利用しようとし、実際に利用したのであるが、入口のところではもっとインスタンスにセックスだけを求める男女が集う場所であると思ってしまっていたのだ。

単純に「セックスが下手」と揶揄されるのも嫌であったが、長くお付き合いしようと考えた女性とその時を迎え、セックスが原因でそれ以上いかないというのも何とも悲しいな、と思ったのである。

それまで見たことがなかったAVというものを見たのはこの頃であった。
「あれは参考にはならない」と言う評判ではあったが、取りあえず熟女ものをいくつか見てみた。
しかし、すぐに見るのを止めた。
見れば見るほど自信を喪失していく自分に気づいたのであった。

そうこうしているうちにベッドを共にする女性ができたのである。

何人かの女性と致したが不満は言われない。
どころか「すごく気持ち良かった」なんて言ってくれた女性までいたのだ。

これには「おや?」と思ったのであったが、それで安心するわけにはいかなかった。
人はお世辞というものを言うし、傷つけまいとしてそう言っているのかもしれない。
そのあたりは悦に入るほど、経験というものがない。

これは世の男性がどう思っているかは知らないのだが、少なくとも私はセックスとはインサート後のパフォーマンスであると思っていたのであった。