ゲスな男、ゲスな女(9年間の不倫と今の戯言)

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。言いたいこと言うばかりで参考にもなりゃしないと思いま

ネグレクト、その3

お付き合いをした女性とは関係が深まるにつれてプライベートなことも深く話すようになる。

そうした女性の不満は配偶者に向けられる。
当たり前の話なのである。

女性は、男性のように一時の浮気心で不倫に走るようなことはないと思っている。

無論、中には民度が低い人間は男女共にいるので、全てではないものの、女性の方がはるかに我慢の末にそうした状態にならざるを得なかったということが多いようだ。

「かまってもらえない」とは「女として」を目的としているのではなく「婚姻という共同生活を営む上で」ということの方がはるかに多いというのが私の実感なのである。

その中でも「子育て」というものに関しての比重は非常に高いものと思っている。

言葉を選ばずに言えば、それが女性にとっての砦ともいえ、そうした意味に於ては社会のシステムや慣習はうまくできていることを思わざるを得ない。

自らが持ってしまった責任についてはそのあたりのことを十分に意識して生活を遂行しなければならない。特に罪のない子供に対しては当たり前のようにそれをして、自己犠牲を厭わない気持ちで事を進めなければならない。

しかし、そうする一方で、その考え方は不倫相手の女性には反作用となることも強く意識しないといけないということなのである。

不倫相手の女性の配偶者はネグレクト。

もし、そうであるとするならば、いや、その可能性が高いのだから、そうした女性の前で子煩悩かのような自分を見せるのはご法度、羨望になるなんてことはなく嫉妬にしか繋がらないということになる。

正常な親であれば血を分けた子供は可愛い。そして繰り返しになるが、その気持ちは女性の方が強いのである。

そこには極論であり、残酷な言い方をすれば他人の子供など関係ないと思うのが女性の基本的な思想なのだ。

「俺のことを愛しているなら、俺の子供のことも愛してくれ」

そんな思想などドラマに出てくるような話で現実的ではない。まぁ男寡のお情け頂戴としてはない訳ではないのかもしれないのであるが、それとて甘えにしか過ぎないと思う。

ましてやW不倫である。
女性からしたら「知ったこっちゃない」という話だろう。

だから、不倫をする以上、配偶者はおろか子供の話も男として、してはならないと思うのだ。