ゲスな男、ゲスな女(9年間の不倫と今の戯言)

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。言いたいこと言うばかりで参考にもなりゃしないと思いま

デートの現場を見られる

不倫というものは全国どこでもあるのだけれど、田舎町でのそれはなかなか大変なのだろうな、と思うのである。

お互いが同じ町に住んでいたら、まず間違いなく噂になるのであろうと思う。

誰も見ていないと思っても、意外と「監視の目」というのはあるものだ。

出会い系サイト初心者の頃、田舎町の女性とお付き合いをしたことがあった。

私がその町に行って会っていたのだが、彼女の家から10km以上離れた場所で待ち合わせをしても、私はかなりの警戒心を持っていた。

その女性は自衛隊員の妻であったが、その地は自衛隊と観光が産業の中心になっており、自衛隊に関わらない人は観光に関わっているか、第一次産業ということで少しばかり離れていても、彼女の「知り合い」はそこここにいておかしくないわけである。

私は初心者ではあったが、このあたりはすごく気を使ったつもりである。

不倫の経験こそ少なかったが、それは常識の範囲内で、そうしなきゃいけないと思っていたのだ。

出会った場所では車の後部座席に座らせ、だいぶ離れたところで助手席に座ってもらう。

当たり前の話だが、ラブホテルは地元は使えない。
50~60km離れた地で愛し合っていたわけである。

しかし、地元でもラブホテルはあるのである。
私も何回かそれらに入れたらな、と考えた。

何せ、彼女に会いに行くのに三時間、ホテルに行くのに一時間半。

彼女のいる町からホテルまでの往復は楽しく過ごせても移動時間九時間はかなりきつかった。

でも、そうまでしたのはやはり彼女の知り合いに鉢合わせるリスクを回避したかったからなのだ。

それに較べるとそれ以外の不倫のほとんどが100万人都市を中心として行われたので、私のガードはかなり下がった。

やはり都市部であれば、鉢合わせるリスクというものは減るのである。

それでもたまに言われることがある。
「昨日、○○にいましたよね?」
なんて。

それを慌てて否定するのは愚に相当するのであろう。

私は堂々と「いましたよ、貴方もいたんですね?」と否定はしない。

そこで「隣にいたのは不倫相手?」という質問は来ないのである。

人は他人のプライベートにあまり関心がないことは自らの身を持って感じている。

逆に私の方が知り合いがいることに気づくことがある。

もし、知り合いも私がいることに気づいて目が合ったとしても声をかけることなどしない。

笑顔で会釈をするくらいのものだ。

知り合いもまたそういう場であったならと考えれば、それは「大人の対応」をせざるを得ない。

女性は恋愛感情に陥ると急激に物理的な接近を求める。

それは大変喜ばしいことなのだが、今やっていることは不倫なのである。

二人の間では不倫と言えども真面目な恋愛であることが多かったりもする。

今の彼女とも、かなり真面目な恋愛なのである。

しかし、世間はそうは見ない。
不倫は不倫なのである。
お互いの身体を貪り合う仲としか見られない。

そういうことを詮索することが楽しいと思うから文春がフォーカス、フラッシュ、エンマといったようなバブル期のタブロイド誌に成り下がるわけなんだね。

今の彼女さんは私のことを本当に愛してくれている。
それはすごくありがたいことではあると思う。

しかし、それだからこそ、私にしなだれかかる。
公の場であったとしても。

そして、それは無論、注意する。

二人の思いと世間からの見方は180度違うということをいつも思っていないといけない。お互いに社会的に認知されているから尚更なわけである。

注意すると言うことは「男の役割」。
言わないといけないよね。

じゃないと、この関係は長く続かない。
そう思っている。

まだまだ男社会なんだよね。

だからこそ、男が社会的には中心にあることを認知しないといけないよね。