ゲスな男、ゲスな女

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。

不倫相手と将来を語る。

不倫という言葉のイメージはそれをしたことがない人からするとどうなのであろうか。

言葉をそのまま解釈すれば倫理観がないお付き合いということになる。

恐らくしたことがない人からすれば、「身体だけの関係で成り立つ仲」と思われているのであろう。

それはほぼほぼ正しいと言える。

なぜなら、大人の男女にとってセックスというものは非常に大切なものであり、それが配偶者との間に無くなった時に、他に求めることがあっても全く不思議はないのである。

私が抱いた女性の中にもセックスを求められることで自らのジェンダーを感じていた人は何人もいる。

男性のことを言えば、単純にセックスという行為が好き、ということで不倫をしている人が多いと思う。

私について言えば、やはり世間のイメージ通りの不倫をしたこともある。いや、そちらの方が多い。

それはかつて言われていた「浮気」に近いところがあり、残念ながらそこに特別な感情はない。

ただ誰を対象として「浮気」と呼べる行為をしているかと言えば、その時の「不倫相手」なわけである。

つまりは「不倫」と一口に言っても「ステディ」と「浮気」があるということなのだ。

このステディに対してはかなり真面目であり、自らの中では「不倫相手」ではなく「恋人」なわけである。

相手もそう思っているのであろう。

つまり、これまでの貧困な恋愛経験を解消してくれる大切な存在なのである。

ではなぜ、そんな大切な存在がいながらにして更に浮気をするか?と言えば、それは本能なのかもしれない。つくづく自らがだらしない人間であると思う。

御託を言えば、ステディを楽しませるために浮気相手を作る、と言ったところか?

いや、違うな。それは自らが享楽的な性格であるからに過ぎない。

ステディとは二人だけの関係では正に恋人同士で、いろいろな話をする。

当たり前の世界の中で「子供」という存在があるから、そこに対しての責任はある。

だから、子供から手が離れたということが絶対条件となるのであるが、二人の将来を話すことがある。

いつか一緒になりたいね、なんて話をするんだよね。

今のステディともそういう話をする。
二人でうっとりとしながらね。

こういうことを言うと「子供がいながら」なんてことを言う人間は多くいると思うが、二人とも子供との接点については世間一般の親よりも多いことを自信持っているし、お互いの関係に於いてそこは一番気を使っているところだ。

最近、セカンドパートナーなんて言葉を聞く。

肉体関係はないけど、デートをし、将来を語るらしい。

今から将来の茶飲み友達を探しているということなのだろうか(笑)?

そんなことが書いてあるサイトを見たことがあるが「その女性に引かれているけど、お互いに貞操観念が強いのでセックスはしない」なんて書いてある。

また、その配偶者のコメントもあり、
「私にもしものことがあった時、そういう存在がいた方がいい」なんて回答をしているのだ。

人にはいろいろな価値観があり、否定してはいけないのかもしれないが、私から言わせると偽善に過ぎない。

特にその配偶者に至っては、自らの配偶者が「他人」とセックスをしていたとしてもなんやかんや小綺麗なコメントを言うのだろう。

心奪われた人と恋に落ちる。

セックスをするかしないかの違いに過ぎない。

不倫という意味に於いては同罪なんじゃないかな?

まぁ、未だに愛なきセックスも望んでいる私にはこれ以上語る権利はないけどね。