ゲスな男、ゲスな女(9年間の不倫と今)

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。言いたいこと言うばかりで参考にもなりゃしないと思いま

今回の富岡八幡宮事件について思う

いつも不倫をテーマに書いているのであるが、今回は趣を別にしたいと思う。

普段からバカだな、と思われていることを自認しているのだが、今回は更にバカなことになるだろうね。

神社という日本神道における不祥事とも言える事件はメディアがとらえるのは初めてかもしれない。

勿論、それは歴史的に神仏摺合ということをして、日本古来の宗教を奈良時代に売った国民性であるため、注目にも値しないのが神社であったわけだ。

もともと八百万(やおろず)の神がいるという国民性は地方分権の塊であり、1つの国家をなさないということであったのだと思う。

八百万もいるのに、更に家にお稲荷さんやお富士さんを作ってしまう国民性に統一的な思想などはない。

リベラルというのは聞こえはいい。
しかし、統一した思想がないとも言える。
だからこそ、ふらふらと政策を変える政党も容認するし、関係がないと投票権を放棄する。
しかし、決まった政権に文句をいうことだけは忘れないのだ。

もうすでに忘れていたのか?それとも最初からないのか?わかりもしない日本神道の現場で殺人が起きた。

しかも「同じ宗派」なのである。
八百万もいながらこれは宗教戦争にも値しないことは明白だ。

寺の不祥事はこれまでも何度か聞いている。
裏を返せば2000年弱、思想としては大陸が支配してきた故の「日本文化」に過ぎない。

つまりは大陸文化に迎合し、寺に先祖を祀り、菩薩様と同じようにすることが美徳と考えることが日本国民のリベラルなところに通じると思うのだ。

今回の事件を語ることすら憚れるくらいに日本神道という我が思想を放棄していたのである。

それでいて、ナショナリズムを説くばかの気が知れないのだ。

現象面だけを追い、まず最初に大陸文化に迎合することによって今の地位を得た天皇制を昇華するのが、右翼の最高峰なんて思うならばそれはナショナリズムではないと考えている。

前からわかっていたことだが、日本の行政には神社庁なるものがある。

そこに利権が絡んで当たり前なんだよね。

姉弟とも「特別な存在」として、かなりのプレッシャーがかかっていたのだろうね。

それは察する。

しかし、この事件は親の責任であると思うな。

昔なら尊族殺人してしまっているのであるから。
バカな姉弟を作ってしまったわけだよね。
そこは間違いない。
まったくお互いの敬いはなかったのさ。

「富岡天皇」を作ってしまったのだね。
隔世した。

今こそ我々のルーツ、文化、そして未来をうやむやにしてはならない時だと思う。