ゲスな男、ゲスな女(9年間の不倫と今の戯言)

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。言いたいこと言うばかりで参考にもなりゃしないと思います。コメントは承認制にしているので、非公開の場合はその旨書いてください。

男尊女卑という思想から解放する

こちらのコメント欄に質問を頂くことがある。

男性からはだいたいが「どうしたら彼女やセフレができるだろうか?」というものである。

一方で女性からは「自らの婚外恋愛について聞いて欲しい」というものである。

そう、女性の場合は私に解決策を聞いてきていることは少ないと思っている。聞いてきているとすれば男性心理くらいのものである。

そんな女性からの質問?の中で気になることがある。

それは彼氏との会話が敬語、そして彼氏を◯◯さんと呼んでいる。ことごとく。

男性側からも同じような会話をしている場合もあるようだ。

そこに違和感を覚えるのである。
何故、そこに一線を引くような会話をさせる必要があるのかがわからない。

敬意を表する相手には敬語を使うのが普通だ。
そして、目上の者に対しても敬語を使うのが普通だと思っている。

恋愛という関係に於いてもお相手に敬意を表することは必要であると思うし、現に私もステディを敬っている。ステディも私に対して敬意を表してくれている。

それはいいだろう。しかし、だからといって一線を引くような会話は良くないし、フラットな関係を持てないような片務的な会話は尚更良くない。

何故恋愛相手にフランクさを出せないのであろうか?出させないのであろうか?私には全然理解ができない。昭和初期を舞台にしたドラマのシーンを見ているようで可笑しささえ覚えてしまうのだ。

確かに婚外恋愛にあった(ある)女性も最初は◯◯さんであったし、敬語を使ってきた。

私はしばらくして「それ、止めない?」とお互いにフランクになることを示唆した。

単にしゃべり方、呼び方じゃないか?と思う向きもあるかもしれない。

私はよく言われる言霊にも近いものをこれらに感じるのである。結局は真意を伝えにくくする材料になっているのではないか?と思うのである。

もう1つ、これは女性が意識的にそして無意識のままにも受けてきた男尊女卑の社会を自分との関係に於いても強要している気がしてならないのである。

フラットな社会になったと思うのは男性サイドからで世の中まだまだ男社会なのである。そんな社会に晒されている中で女性はまだ男尊女卑を感じている部分がある。

それを解放してあげることがフラットな関係の第一歩なのではないか?と思うのだ。それには形式として言葉使いをフランクにする。何故ならそこに言霊があるからで形式に留まらないからなのだ。

そしてたまには甘やかすことくらいをする。
「この人には本当にフランクに接していいんだ?」ということを意識してもらうためにね。

そのあたりから本当の交際が始まるのではないか?と思うのである。