ちゃんとしている女かどうか?
私が彼女さんとお付き合いを開始した理由は「ちゃんとした女」であるからだ。
行動、身なり、言葉遣いなど全てにおいてきちんとしている。当然のことながら常識的であり、いろいろなことに謙虚で品性があり、知識レベルも高い。
たぶん今まで出会った女性の中で一番「ちゃんとした女」なのではないかな?だから、まさかこの女性が不倫をしているなど世間では思わないだろう。
前カノさんのことも好きで仕方なかったが、どうもこの「ちゃんとした」加減については常に疑問を感じていたところがある。
この「ちゃんとした」というレベル感については人それぞれというところがあり、それは人の生活観によって異なると思うのだ。
「生まれ」「育ち」というが、環境というものはすごく大切で親兄弟を筆頭に周囲が「ちゃんとしているか」でその人のレベルが決まってくるところがある。
お付き合いをしていて家族が垣間見えてしまうことがある。たまにそういう話にもなるしな。
自分が育った環境をどう思っているかは別として、彼女さんの場合は「厳しく育てられたのであろうな」と思うのだ。
彼女さんはどうやらそれが嫌だったようであるが、私と生活観が近いことがわかり「貴方とお付き合いができるレベルで良かった」と初めて躾に感謝したという。
前カノさんの場合はその点ちょっと生活観が違っていた。そこにひかれた部分があるのも事実であるが、果たしてそれでずっといけるか?というとそうではなかったというのが結論になっている。
お付き合いをしていればお互いに影響を受けるのは事実であるが変えがたい部分はある。それは不倫という関係だから特にそうなのであろう。毎日、元の環境に引き戻されていく。
簡単にいうとこの人がセカンドパートナーとなったらやっていけるのかな?ということなのではないだろうか?
今の彼女さんはセカンドパートナーとしてやっていける気がする。彼女さんもそう思っていて欲しいな、と思うのだ。
セックスフレンドにはそこまでのことを求めない。
極端な言い方をすればその場を享楽的に過ごせればいいのだ。
享楽的か。
前カノさんにはセックスだけでないが、享楽的であることを求められたな。
そういう意味ではセフレ止まりだったのかもしれない。
そういう過去があって今があるのだから、それはそれで感謝しないといけないね。