ゲスな男、ゲスな女

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。

出会い系サイトは母数の問題ではない、ということ。

私はある地方都市で出会い系サイトというものに手を出した。

紆余曲折というものはあったが、私が描いていた?目的というものについては果たせていたと思う。

つまりは順調とまではいかないものの、1年でそれまでの人生で経験した人数くらいとは身体を重ねていたということだった。

それはやや私を勘違いさせた部分があった。

もともとモテる部類ではないという認識についてはそれまでと変わらないのであったが、出会い系サイトというソースを使えばそこそこ安易に新しい女性と出会えると思ってしまったのであった。

仕事の都合で私はしばらく首都圏に居を構えることになった。

仕事のことについては新しいフィールドですることになるので、様々な不安が付きまとったのであるが、一方でプライベートはかなり期待をしていたのであった。

何せ人口を考えても出会い系サイトに登録している女性の数が違うことは明白であった。調べたわけではないが単純計算で10倍は下回らないであろう。

しかし、簡単にはいかなかった、というのが結論である。
わざわざ3つの県を跨いで人妻に出会いに行っていたこともあるくらい日照っていた(笑)
単純に母数の問題ではないということである。

これには2つの理由があると思う。

1つは私が妄想をした通りに女性の登録数は多いのであろうが、同様にして男性の数も多いということになる。

前にも書いたことだが、もう私の歳になると男の価値は見た目だけではなくなる。そうでないと私のところに女性が来てくれる説明ができない。

そして、匿名性の高いサイトという世界に於いてはプロフィールやブログなどから入り、人となりを見極め、メールで一定のプライバシーを取得して出会うことになる。

このあたりの言わば駆け引きというものについては、頭脳と人生経験が必要になるということになる。

当たり前の話ではあるが機会は均等ではない。

首都圏における平均値がどこにあるかはわかりかねるが、少なくとも地方都市で女性から求められるそれよりも高い位置にあるということなのだろうね。

恐らく入口の時点で私よりも魅力的な男性が多かったということなのだろう。

もう1つは地方都市での私が恵まれた環境にいたのであろうな、ということである。

上記の通り、その地における「男としての偏差値」が私が高かったというのはあるだろうが、お相手をしてくれた女性たちの心持ちも、その地は寛容であったと思うのだ。

それと同時に女性の独立心というのも強かったような気もする。恐らくいろいろな意味で男女の較差を感じることが他の地に比較すると少ない感じがしたし、そうなりたいという女性の思いが強く反映していたと思う。

しかし、一方で地元の男性は閉塞的な感覚を持っていることは否めなかった。地方都市という名の田舎特有の感覚は未だに「家社会」が中心となっていた。

そうした中で私は恐らくその地の女性たちが自己実現できるかもしれないとの期待を持ってくれたからこそ、出会いの機会も生まれたと思う。

まぁ、出会いは算数ではじき出せるほど単純ではないということだね。