ゲスな男、ゲスな女(9年間の不倫と今の戯言)

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。言いたいこと言うばかりで参考にもなりゃしないと思います。コメントは承認制にしているので、非公開の場合はその旨書いてください。

最近ね…(苦笑)

「年明けになってサイトで女性と会話しましたか?」

答えはNoなのである。

お二人からアプローチは受けた。
以前であればお付き合いするかどうかは別として、尻尾を振って会話に参加していたのであるが、アプローチにお応えすることなくフェードアウトしてしまったのである。

原因は何かというとやはり性欲の減退なのかな?と思うのだ。
以前も話題に出したのであるが、ちょっと最近更にひどいような気がする。

その気になればサービスタイム中に3回程度、ステイならば、その倍くらい…ただ彼女さんもわかっているらしく「無理しないで」とストップが入ったりする。情けない限りだ。

酒を飲むと特にダメだな。

対策?は打っていないわけではなく、マカと亜鉛を摂取して基礎体力ならぬ基礎精力をキープしているが、これがなくなったらいったいどうなることやら…という感じなのだ。

と…言うことでなのだが、新しくセフレさんを探そうなんて気にはならないのである。
どころか、あれだけセックスの相性の良い今のセフレさんとも別れようかな?とさえ思っているのだ。

先日、久しぶりにセフレさんとセックスをした。
仕事が終わり、接待があってその後であったが、いやはや大変なことになった。
朝まで一睡もさせてもらえないような感じだったのである。いや、途中意識は失ったかな?(笑)

別れようかな?というのは先日ブログに書いた通り危険な要素が見え隠れしているからということもあるのだが、そんな気持ちがあるのならば「寝かさない」というのは無しだよね、ってことじゃない?

朝まで愛撫されて復活すればインサートを求められるなんてはっきり言って拷問だったな(笑)

おかげで先週は「生ける屍」状態だったよ。

まぁ、それとは別としてね…
毎日すごく楽しくやり取りできているメル友女性がいるというのも新しく女性を求めない理由かな?なんて思う。

つい最近までの行状は別としてね…
心の繋がりは重要なんじゃないかな?と今さらながらに思うのさ。

遠いところ…日本列島の半分くらい離れているのだけど…私に満足を与えてくれるね。

いやぁ、爺の発想だね。

無理にでも言うか(笑)?
「この女性を抱きたい」と。

お相手に笑われるね(笑)

メールでそういうことは言わない(笑)

今やいろんなコミュニケーションツールがあるよね。
電話だけじゃなくて。

メール、ライン、スカイプ、カカオ、チャットワーク。

いろいろとあるよね。
だから秘密の関係である不倫もしやすい環境にあると思うのだ。

しかし、これらのツールというのは間口を広げたし、確かに連絡しやすくはなったのだけど…リアルにお付き合いを開始してからの普段のやり取りとして気をつけないといけないと思うんだよね。

ギクシャクするのってこのメール系が多いと思う。

仲良くなったからこそなんだけど、言いにくいことも出てくる。
言いにくいからといって会っている時には言わず、メールで言う。

特に過去のお付き合いで男性から怒鳴られたとかもっと言うと暴力を振るわれたなんていう経験があるとそうなってしまうようなんだよね。それは致し方ないことであると思う。

過去お付き合いしていた方で「男性に怒鳴られたことがない」と言っていた女性がいたが、私はお付き合いをしていて「そんなことはないんだろうな」と思っていた。これはかなり初期の段階でね。

だってイラっとするようなこと言うし、やるんだもん(笑)
それでも私が怒鳴らなかったのはこの女性が「男性に怒鳴られたことがない」と言っていたことの効果なんだと思う。

恐らくはこの人の場合も過去に怖い思いをしたのであろうね。

こういうタイプは自己主張の仕方がうまくないというか顔色を見て話せないというか…世に言うKYというか…そのことを自らも一定理解しているから「口が過ぎるといけない」と思ってがまんしているところはあるのだろう。それでも出てしまうことはあるのだが、本人は言っていない気分になっている。

言っていないと思うがこそ、面前では言えないようなことをメールに起こしてしまうのだろうね。

このメールでのリクエストの高さはうちひしがれるほどの内容が入ってきたりする。アルコールでも入って気分が大きくなっているのだろうな、という時間に。

そしてその時間は私もアルコールが入っていたりする。もう少しで「売り言葉に買い言葉」となりそうになったことは何度もあった。

確かにメールだからこそ私もグッと飲み込み、なるべく冷静に対処していたが、心に突き刺さるものは一緒なのである。

受け手としては忖度して返信するのであるが、寝つきが悪かったり、1日いや何日もハラハラしながら生活しないといけないのである。

いわば「言いっぱなし」ということになるのだよね。

仕事などでもそれは一緒。
「言いにくいからメールにしているんだろうな」ということはたくさんある。
それらに対しては容赦なく返してやるけどね(笑)

恋愛に関してだから「言えない」。
好きだからね。

しかし、自らの主張をする時に受け手が反対感情を持つ可能性があるというのは当たり前と考えないといけないと思う。

それを受け手にさせないというのは大人じゃないと思う。

そうした繰り返しをすると受け手も嫌気がさすんだよね。

終焉はあまりいい状態にならない。

ベンツに乗る女~その19

舌をフルに使ってきたフェラに私はもう堪えることができなかった。

「い、いきそうだよ…」
私がそう言うと
「いいのよ、口の中に出して」
と言って更に動きを早めたのであった。

「うっ…」
私は彼女の口の中に白濁液をぶちまけてしまった。

彼女は意地悪そうな目付きをするとごくりとそれを飲み干したのであった。

「上手いね。すごく気持ち良かった」
「上手いでしょう?よく誉められたわ。お客さんに」
「えっ?」

学生の頃、彼女はスポーツをしていたと言っていた。かなり有名な選手で休みなどなかったらしい。
社会に出ると共に引退。今まで溜め込んでいたフラストレーションを一気に夜の街で発散させた。

新入社員の薄給では当然足りない。
そこで仕事が終わった後や休日にヘルスでバイトしていたらしい。

「どうりで上手いわけだ」
「そうね、年に500本くらい咥えていたからね」

意外な過去であった。
「でもね、その時代の技を使ったのは久しぶりよ。彼氏や旦那に使ったら疑われるでしょう?」
それはそうだ(笑)

ヘルスで稼いだ金は途中から貯金に回したらしい。そしてそれが事業を始める資金になったという。

その夜はもう一度彼女のことを抱いた。
何度も彼女をイカせてから口で幇助してもらって、今度はヴァギナの中で果てることができたのであった。

「今度いつ会えるかなぁ?」
別れる時にすでに次のアポを欲しがった。

お互い忙しい。
私は土日が休みであるが、彼女は不定期だ。

「仕事が終わった後、お泊まりなんてどう?金曜日なら貴方も翌日のこと考えないでいいでしょう?」

翌週の金曜日にアポを入れてしまった。

つづく

格下げ女

出会い系サイトを徘徊していた頃の話である。

このブログをご覧になられている方の中には「出会い系サイトに登録すればセフレがすぐに見つかるのでは?」なんて思っている方もいらっしゃるかもしれないが、男性について言えば決してそんなことはない。

私の場合は精力的に見つけに行っていた時代もあったが、出会える確率からすれば圧倒的に女性からアプローチを頂いた時の方が高いということがわかってきてからはプロフィールなどを充実させておいて「待ち」の姿勢を取るということにしていた。

その結果、年10人程度のアプローチを受けてメールのやり取りを始めてめでたく?ベッドインするのはせいぜい年に2~3人、多くて5人程度だったわけである。

そんなことをしていて11年。その期間にステディがいなかった期間は3年にも満たないが、ステディと呼べる方が2人に対して1年以上交際したセフレは3人という結果になっている。ベッドを共にしただけの女性は30人くらいはいると思う。

つまりは大して確率が良いマーケットでもない…ということになる。

玉石混淆という言葉があるが、出会い系サイトには男は基本的には石しかいない(笑)のに対して、女性はごく稀に宝石がいるという程度の認識を持っている。

だからこのブログを既婚男性が読んで「安易に彼女 やセフレができる」なんていう期待は持って欲しくないのである。

サイトを放置した状態でもアプローチはある。
そして、サイメのやり取りを始めて、やや頻繁(1日5往復以上)にサイメをするようになる。

中にはラインなどの交換をする場合もあるが、会わずして連絡が途絶えるケースも少なくはない。

メールなどをやり取りしているうちに「この人とは合わない」と判断されたか「他にもっと楽しそうな男が見つかった」ということでこれは致し方ないのである。中にはこちらが真剣に(笑)?メールしていても相手はネカマだった…というケースもあったかもしれない。何れにしてもこの段階で連絡が途絶えるのは致し方ないと思っている。

しかし、中にはここから復活?するケースもあるのだ。これも致し方ないと思っている。なぜなら、サイトという場所は女性にとって「売り手市場」だからである。つまりは「他にもっと楽しそうな男が見つかった」のだが、結局は私に戻ってきた…というケースである。

これを私の中では「格下げ女」と呼んでいる。
間違いなく長続きしないからね(笑)
しかもこれが意外と多いのだ。

そこからベッドインしたケースも何人もいる。
しかし、私の中で「格下げ」した相手なのでよほどのことがない限り追求しないし、そして長続きはしなかったのである。

結論を言えばこうしたタイプは私とベッドインしながらも次を考えているということで、いい加減な不倫男にとっては都合がいい、とも言える。

こうした女性への判断は見誤ることもないわけではない。

サイメの段階で多くの男性とやり取りしている感じがすることもある。そこで嫉妬などしたらサイトの出会いなど成立しない。

繰り返しになるがサイトは女性にとって売り手市場だからね。それだけにワリキリなんかも通用してしまう。

そこは我慢みたいなものがお互いに必要なのさ。

今の彼女さんもサイトで多くの男性とやり取りしていたらしい。当たり前の話だけどね。そうしたマーケットだから。

二人で退会しよう、という話になった時に彼女さんは頻繁にサイトにアプローチしていた。

後々聞いたのだが、それまでやり取りしていた男性たちにお別れのメールを入れていた、とのこと。

そんな彼女さんだから良かったのかな?と思う。

サンドバッグフレンドの件…ラスト

私の場合は抜け出せたんだよね。

でも、一度入り込むとなかなかというのがこのサンドバッグフレンドという関係かと思う。

究極言えば、自らがやってきたことを断ち切れる勇気を持てるか?ということ。


マスコミの方から書き込みを頂いて、それでリマインドして書いたことなんだけど、私の結論としてはサンドバッグフレンドなんていう関係はあり得ないと思うんだよね。

あるとすれば弱くなりきった人間がすがりついて、頼りきって、自らの存在感をそのコミュニティ、その人に預ける気持ちになった時に生まれる「現象」に過ぎないと思うのだなね。

今、社会に順応できないという人はたくさんいる。
私の身内でもいる。

同様にして、無理して順応しようとする人間もいる。私もその一人だ。

そうした人間にとって「相手にされる」ということは重要なファクターなのさ。たとえ自らが蔑まされても。

これが現代の痛みであるし、悩ましいところであると思うのである。
だからいろいろな問題も起きるのだろうね。

と、いうことでサンドバッグフレンドなんてあり得ないというのが私の結論なのである。

もうこうした結論に達した以上、私は取材を受ける対象にはないと思うのだ。

しかし、取材の依頼を受けたことについては掛け値なく嬉しく思う。

だからこの話題を数日書いた。
ありがとうございます。久しぶりに真面目に書いた。人間心理を。

だからこの内容は転載してもらって…いや、転載ください(笑)

もし、サンドバッグフレンドを自認しているのに続けている人がいれば即刻止めるような番組にして欲しいかな?

何も生み出さないのである。

これが我が結論かな?

おしまい。

サンドバッグフレンドの件④

サンドバッグの側としてすべきことは「関係を断絶する」以外にないと思っている。

もしお相手に何かをもたらしてあげたいならば、自らを信じて関係を断絶することでお相手に失望感を与えることによって今後同じようなことを起こさないことの契機とするということなのであろう。

私がたまたまいじめっこに抵抗して右ストレートが当たってしまったくらいのインパクトというのは、それくらいしないと与えられないと思っている。

しかし、その結果、お相手が成長するかどうかは量り知れない。それはお相手の素養ということは別として関係を断絶するわけだから結果は見られないということだね。

そこもまた残念な話だし、だからこそ関係を断絶できないということの要因になるのではないかな?と思うのである。やはり自ら施したことに対しては、一定の結果を生み出したいし、それを実感したいのは素直な人情であると思うのだ。

私はある意味執着とも取れる期間、サンドバッグフレンドになっていた。

2年もその状態ならば、バカなんだけど、一部の方には同情して欲しいかな(笑)?またこれも私の弱いところである。

この頃に私を勇気づけてくれたのは今の彼女さんである。勿論、こんな話は未だに知る由もない。

この時、彼女さんとお付き合いして約1年。
詳しくは言えないが事情あってなかなか踏み込みにくい関係であったのだね。

本当に付き合い開始から尽くしてくれたのだけど、なかなか素でお互いを出しにくかった。

1年経過して…気心は知れていたんだけど、最後に彼女との間でのオブストラクションが本当になくなった時に私はサンドバッグフレンドと終わりにしようとしたのだ。

こう書くとズルい男だよね。

そういうつもりはまるでないのだが、結果的には仕方ない。

いい女が自分に一番近いところにいて、私を満足させてくれたからこそ成立したのである。

サンドバッグフレンドになるのはいいが、脱却するのはかなり難しいよね。

俺も脱却できなかった一人だけどね。

いろいろと考えないといけないよね。

つづく

サンドバッグフレンドの件③

私が当時のブログを書いた時には後者の方との関係に疲弊しきっていた時期であった。2年を経過しようとしていたからね。

あれを書くことはなんというか自分の恥部をさらす気持ちがあったのだ。

しかし、なんであんなことを書いたかと言えば、もう終わりにしようと心に決めたからなのである。

そして、その2週間後にお相手に嫌われるようなメールを出して、その1週間後にお相手から関係を断絶したい旨のメールをもらった。

それで良かったと思っている。
勇気がいることであったが嫌われるようなメールを書いたことは自ら「よくやった」と労ってやりたい。

しかし、自ら関係を断絶する言葉を発せられなかったことは自らの弱さを象徴するものでもあると思っている。お相手に言わせのだからね。

人は自らと同じ人間ばかりじゃないか?と思いがちだ。そして、いい歳になればそうではないということくらい経験則でわかっている。

それなのに冷静になりきれないのは喜怒哀楽という範疇から外れているもののひとつである「恋愛」という特殊な感情があるからに違いない。

また、自らが正しいと思いたい自分愛も重なるのだね。

自分さえ制御できないのに他人を制御できるわけなんかないのさ。
自分を信じるのはいいが、自分を買い被ってはいけないということだね。

そしてもう1つは相手をサンドバッグにするほど責めるような人間というのは正常な人間関係を構築できないということなのである。

前項でサンドバッグフレンドの心理をいじめに準えたが、いじめている側も悪気があってやっているわけでもないということも多いようだ。

誰かに指摘されてハタと気づくというということも多いらしい。だからいじめは周囲が看過することなく、きちんと指摘するべきなのだ。

一方サンドバッグフレンドの場合はどうであろうか?
二人だけの関係であるがために第三者が叩く側に指摘してくれることはないから、サンドバッグ側がきちんと自覚しないといけないということなのである。

ここで勘違いしてはならないのは「この人は私がいないと…」のようにサンドバッグ側が昭和ドラマや演歌の世界に浸り、自らを美化してはならないということだろう。お恥ずかしながら私はこの感覚に浸った。長く。

情は人のためにならず、という。
しかし、こんな考えは情にもならないということも含めて自覚しないといけない。お相手の幇助に1つもなってはいないのだ。

「あの人は弱いから…」という勝手な理由付けもいらない。考えても見て欲しい。フィジカルであろうとメンタルであろうと人を叩くことができる人間が弱いわけがない。

自らの方がよほど弱いのである。

つづく

サンドバッグフレンドの件②

当時のブログを見るとちょっとカッコつけて書いている部分がある。

後者の方の場合には明らかにサンドバッグフレンドになりたくてなっていたわけではなかった。しかし、サンドバッグとなってでも何らかの関係を継続し続けていたいと思う相手だったのであった。

だからサンドバッグフレンドではなく、いつか普通のフレンドかそれ以上になりたいと思っていた。つまりは普通の関係に至る過程としてサンドバッグとなっていたわけで、それが目的では勿論なかったある。

お相手が私の心を痛めていることに気付き、申し訳ない気分になり、同情を受けて…「そんなことまで聞いてくれる存在は私だけ」くらいに思ってくれないだろうか?と思っていたのである。

「バカじゃないのか?」と言わないで欲しい。前者の方という存在をある意味喜んで作ったのは耐性をつけたいと思ったところもあるからだ。

ただ今となっては自身を「バカじゃないの?」と思うのである。しかし、この時は気持ちが非常に弱くなっており、この方との人間関係を醸成するためにはこの方法しかないと考えていた。

私と同じ理由からサンドバッグフレンドとなる人は実は多いのではないのか?と思っている。

この心理というのは「いじめっこ」と「いじめられっこ」の「いじめられっこ」の心持にも似ていると思う。

私は子どもの頃にいじめられた経験がある。
同じような経験をされた方もいると思う。

親は言った。
「あんな子、無視しなさい」
しかし、その時にその態度に出れたか?と言うとそうではなかったのである。

無視などすればもっといじめられるのではないか?と言うこともなかったわけではない。しかし、むしろ自分が置かれている環境を崩したくないと言う理由の方が大きい。環境の中で自らの役割を全うすれば衡平性が保たれるくらいのことを思うのだ。

しかも「いじめっこ」のことを嫌いではない。いや、どちらかというと好きなのである。
そう、だから嫌われたくはないという感情が働くのだ。

よく言われるマインドコントロールされている状態である。
そしてマインドコントロールの最たるものは自らをマインドコントロールしようとすることである。
やがて、そうなったことを自責にするようになる。

そういう意味で「いじめ」という行為は容認されるべきではないと考える。DVや職場などでのパワハラもまた然り、なのである。

ただサンドバッグフレンドを容認してしまう、しかも自らその状況を作るというのはいじめなどよりも更にタチが悪い。

なぜなら最初からそうなる状況を自ら作りに行っているからだ。だからこそ、いっそう自責の念に駈られるのだ。

私に対するいじめは私が苦し紛れに出したパンチが相手にクリーンヒットしてしまい、いじめっこが泣き出すということで終了した。逆に言えば、このような衝撃的な現象が起き、とりまく環境が一変しない限りはなかなか現状を打破しえないということであろう。

実はあのブログを起こした時にはこの状況を打破しないといけないという自分がいたのも事実なのである。

つづく

サンドバッグフレンドの件

私が1年ほど前に書いたことに対して取材とも取れるような書き込みがあった。

その内容としてはサンドバッグフレンド。
いわばメタくそに言われてもそれをヨシとして、関係を続けるという内容のものだ。

当時の記事はコチラ
http://smartlifejfk.hatenadiary.jp/entry/2017/10/19/225027

送り主のドメインを見れば恐らくは確かなものであるようだ。書き込みの内容もきちんとしている。

今更ながらにマスコミという第4の権力に近い方にアプローチされたことは、はっきり言って嬉しいのである。

一方で私もまたこのブログを書いてはいるものの、一応、実態を知られたらいけないと思うわけであり日本を代表するメディアに堂々と答えるわけにもいかないのだ。

リアルは意外と謙虚に生きているからね。

そこでその方には大変申し訳ないのであるが、この場で当時との心境の違いなどについて書きたいと思う。もしそれがその方のお仕事の一助となれば幸いである。

結論から言うと現在はそのお二人とのやり取りはない。

当時というかこの直前くらいは、なんというかすごく弱くなっていた時期ではあったのである。

お二人を並列に書いているかのようにしているが、本当に私がサンドバッグフレンドになっていたのは後者の方である。

ただサンドバッグフレンドとして長く成立するのは前者なのかな?と思う。

この女性に対しては私は余裕があった。聞いてあげられ、打ちのめされてもいいというだけの。

もともと女性とお付き合いするというのは自己のことを話すよりも「聞いてあげる」ということの方が重要だと思っていた。特に愚痴が自然と出てくる環境を作るというのが必要であると考えてはいた。

この女性の場合はそれに加えて、本当はお付き合いしていた男性二人に対して言いたいことを私に対して振りかざすように仕向けていたところがある。

くそみそ言われることが何が楽しいのか?と思うかもしれないが、私が仕向けたことに対して思った通りの反応が返ってきたからで、私が精神的なMだからではない。

ヒアリングを上手くする、つまりは聞き上手であるためには話上手でないといけないと思っていたがどんな感情であれ、それを自分に仕向けさせるというのはなかなか面白いことなのであった。

あとは如何に口汚く罵られようともそれに堪えうるかという自らの忍耐との戦いであるが、この力が自らには大きいということがこの時にわかったのである。

フレンドという言葉を使ってしまったが、その関係性は達観しており、私にとっては一種のゲームだったということなのだ。

むしろ拘りをもっていたのは後者であったのである。

つづく

女らしくない、は褒め言葉?

表現というのは難しい。
タイトルにこう書いてしまうと「男らしい女」が誉め言葉なのか?というとそうではない。

「女らしい」という見た目、言葉使いなどの前提があっての「女らしくない部分」という意味である。

何か?と言えば性格の部分だ。

女性というのはどこかで一般的な女性の持つ性格を忌み嫌うところがある。

主に男性に対して使われる「女々しい」という表現がそれに該当する。
・なよなよしている。軟弱だ。
・しつこい。未練がましい。
・面倒くさい。
・かわいこぶっている。
訳するとこんなところであろうか?

確かにこうしたことを前面に出し、中にはそれをウリにしている女性もいる。そして、その手の女性は同性から嫌われる。

男性に依存心が高いということも忌み嫌い、かつそうした態度をバカにしたところさえある。そして、ほとんどの女性がそうした部分を持つことも知っているのである。

だから
「さっぱりしていて女らしくないね」
なんて言葉が誉め言葉になってしまうことがあるのだ。

しかし、繰り返しになるのであるがほとんどの女性にはそうした部分があるというのも事実なのだ。

強いという自覚があり、普段周囲に弱い部分を見せている女性ほど実は心のダメージに弱かったりするものである。

付き合いが深くなるとそれがわかってくるのだ。

本当はしなだれかかりたいのにそうできなくなっているのだね。

それに気づいてあげることは勿論だが、自らの前だけは「女らしく」させてあげることが必要なのだろう。

バブル期に弾けていた女~その4

「このあたり不案内だからラブホの場所教えて欲しいな」

冷静に考えればそんなことはあり得ない。
だって会うなり「セックスしよう」などという男である。不案内であってもラブホの位置くらいは確認しているはずなのである。それが目的なのであるから。

現に私はこの町のラブホの位置を確認していた。
お決まりのインターのあたりに三軒ほど、街中に二軒、海沿いに二軒。そして夜が一杯でなければデイユースのできるビジネスもいくつかあった。

「うん。ナビするね」
なんの疑問も持たずにそう回答してきたところを見ると彼女もまた私とセックスをすることに抵抗がないようだし、もっと言うと「慣れてるな」と思ったのであった。

それはそうだろう…
どんな心境かわからないが、向こうからいきなりサイメで「セックスしませんか?」と言ってきたのである。
勿論、この時はそんなメールを送ったことさえ忘れているのであろうが、その当時に私にスルーされた瞬間に他の男にも同様のメールを送っているのだろうな?と思ったのだ。

「こんな旨い話はないよな」と私は避けたが、普通はこんなに旨い話はない。そして恐らく何人かの男に身を任せているのであろう。

そして、彼女には彼氏がいることはサイメでわかっていた。既婚者ではあるが、その彼氏に付いていきたいというようなこともサイメで書いていた。

その彼氏は私の住む町にいた。
私の住む町で会う話もしていたが、「それはお互いにとってリスク」ということで彼女の住む町の近くで会ったのであった。

この女性に手を出すことはかなりの危険を孕んでいることはわかっていた。

「次、左折して」
海沿いにあるこのラブホはこの地区では一番きれいであることを私は知っていた。

つづく

動物的になりたい時…

セックスと交尾というのは似て非なるものである。

交尾というのは崇高な本能に基づいた子孫を残すという行為であり、セックスとは比べ物にはならない目的を持っている。

人間も交尾しないわけではないが、その数は圧倒的に少なくほとんどが娯楽としてのセックスを楽しんでいるわけである。

全てが動物からすると未熟児として生まれるにもかかわらず動物界を席巻できたのは、知能と一年中発情期であるということであろう。

一年中発情しているのをいいことに交尾を娯楽に変えてしまったという生き物なのだね。

ご託を言ったが、表題は本来のものではないということだが、一般的な意味としてみてもらいたいというところである。

この週末いわゆる姫初めであった。
久しぶり(というほどでもないが…)ということもあり、自ら言うのもなんだがくんずほぐれつ…それはそれは大変なことになったのであった。

特に彼女さんの求め方は半端なく、離してもらえないという感じであったのである(笑)

思えば、なのであるが最近の彼女さんはセックスにかなり貪欲なのだ。

見た目や普段の所作からしてもとてもセックスに貪欲なようには見えない。

付き合い初めの頃は確かに謙虚?で受け身だったのだが、段々と大胆になってきた感じがする。積極的に愛撫してくれるし、恐らくフェラも研究してくれているみたいだね。

私の思うようになってくれている。嬉しいね。

たまには激しいセックスもいいね。
お互いの身体を求め合うだけの。

ただちょっと頑張り過ぎたかなぁ?
腰が痛い(笑)

鍛え直さないといけないかな?

視野が狭くなる

お恥ずかしい話ではあるが、私は若い時に恋愛と言えるようなものをしていない。

そうした欠陥人間が交際相手を本当好きになってしまうとどういうことになるか?というと視野が極端に狭くなるのである。

もう彼女以外のものが見えなくなってしまうのである。

仕事は稼ぎのためにしなければならないが、それさえも抜け出して会いに行く。趣味などの自らにとって重要であるはずの時間も制限をする。

「いい歳をして女を知ると身を滅ぼす」というのはこういうことを言うのであろうな、と理解していてもそれを改められないのである。

それが自らに留まっていればまだ良い。
同じ態度をお相手にまで押しつけようとするのである。

自らの愛情がお相手のそれよりも勝っているくらいでちょうど良いと思えるようになったのは今だからで、当時は同等かそれ以上の愛情を求めてしまう。

なぜか?

答えは自らに自信がないからである。
常に愛情をかけてもらっていないと自らがフラれるのではないか?という不安に駆られるのである。

お相手から過去の話や異性の話が出ただけで胸がかきむしられる気分になったものだ。

私は弱い人間なので直接言えたことはないが、心中では好き過ぎるがゆえに反対感情さえ生まれたこともあるのだ。

面倒くさいヤツだったのである。

今もまだその素養がないわけではない。
そうそう人間は変わらないのである。

ただ、前よりは良くなったのかな?

むしろ今のお相手が私にうまく合わせてくれていると言った方が正しい表現なのかもしれない。

だから視野は狭くならないし、愛情も注げるのかな?と思う。

先生を生業とする女~20

私の下半身はいわゆる半勃ちという状態にまで回復していた。

何をしたか?というと射精する精液の量をコントロールしたのである。

これは若い時にあまりに早くて…その時に交際していた年上の彼女をなんとか満足させたくてクールダウンする前に次のインサートまでもっていきたいと思って考え、できるようになったことなのである。

歳と共にそうすることもなくなったのであるが、久しぶりにしてみて成功したのであった。

息が整った私は彼女に覆い被さったのであった。

「え?何?」
彼女は驚いた。

私は構わずに愛撫を再開した。
「ちょっと無理しないで…」
と彼女は言ったが、次第にボルテージを高めていった。

そして私も愛撫することと彼女から発せられる声によって自らの興奮の度合いを高めていくことができた。すっかり臨戦態勢になったのであった。

何かの拍子に私のぺニスが彼女の太腿の辺りに当たった。

その感覚が正しいものかどうかを確かめたかったのか、彼女は私の股間に手を伸ばしてきたのであった。

そして、自らが思っていたことが正しいと知ると「もう、こんなになっている」と言って更に幇助するかのようにしごいてきたのであった。

このような身体が求めている、というところを示すのは女性に対して喜びを与えるものということを過去の経験から薄々気づいていた。

この現象だけで私が早かったことは既に許されたかのようであった。

この回復力があることは経験あってこそのことであるが、斯様な体調をもってしてもなしうるのは改めて親に感謝しないといけないと思ったのであった。

それでも私は早くその場の行為を終えたかった。

一種の意地のようなものによりぺニスは回復させたが体力そのものは奪われているのは確実なのであった。

「入れていいかな?」
早々に私は聞いた。

「早く挿れて!」

まだ高みに到達せず、しかもクールダウンする前の身体は私を受け入れたがったようだ。

つづく

つまらない男とセックスする

セフレという存在は基本的にはセックスだけをする異性だと思っている。

常々言っているように、セックスという行為だけだと女性は満足しないというのが少ないながらも私が感じている経験の内にあることなのである。

結婚をして家族ができて、ある意味自らの個が奪われていくのは致し方ないことである。「◯◯のパパ」とか呼ばれたりしてね。それを満足に思う人もいるわけだから、それ自体は決して悪いことではない。

しかし、それ以前のこととして自らのジェンダーが奪われていくことに堪えられないというのはあると思う。

そこまでの過程として異性との交際が豊富であったか?貧困であったか?は問題ではない。その時に満たされているかどうかが重要なわけである。

男性の場合、そうした思いになった時にインスタンスに風俗に走り身体を満たすことも可能であるが、女性の場合はそうした場も少ないということになる。

女性向けの風俗が成り立ちにくいのは機能的に男性が堪えられないということもあるが、女性のニーズとして身体だけのインスタンスな関係では満足しないということがあるのではないか?と思う。

女性の中には「男性は風俗があっていい」というようなことを言う人がいるが、自らのニーズを考えればそれに飽きたらないことくらい容易に想像できると思うのである。

そうした中で「お相手」を探す。
やはりそれは出会い系サイトがメインなのだと思う。

私の過去からのセフレさんたちに聞いてもメインは出会い系サイト…だ。

で、お付き合いを開始する。
ジェンダーを求められることで一定の満足感は得られる。「女」として見てくれる、という…

しかし、男性は身体の満足だけを求めてくる。
そこでまた飽きたらなくなる。

考えてもみて欲しい。
私もその一人であるが、出会い系サイトに生息する男などロクでもないヤツでしかないのである。

民度が低く、つまらない男なのだ。

それでもその男から離れられないのは自らが選択して、身体までも重ねてしまったということに過ぎない。

はっきり言えば、自らのポジションを下げたくないということだね。

私は他の男性と交際をしている既婚女性をセフレとすることを基本としている。

そのニーズは勿論身体ではない。
寧ろ枯渇しているのは気持ちの面であるのだ。

そういうことをわかっていて、こうしたことを続けている自分が一番悪い人間であると思っている。