ゲスな男、ゲスな女(9年間の不倫と今の戯言)

40過ぎに女の味を知ったショーもない男のブログです。言いたいこと言うばかりで参考にもなりゃしないと思います。コメントは承認制にしているので、非公開の場合はその旨書いてください。

アイデンティティの欠如

斯様なことを書いていると異性からご相談を頂くことがある。

◯不倫という関係の中で男性が思うところ。
◯(不倫という)今の関係を継続すべきか否か。
◯新しい恋愛を模索すべきかどうか。
◯出会い系サイトでの異性の見つけ方。
など。

まぁ、ご相談と言っても私の回答が受け入れられるとも思っていない。
もともと女性脳に於いては解決を望んでいるとも思ってもいない。

たまに私のアドバイスを無視するような行動をした上で謝ってくる方がいるが「そんなもんだろう」と思っているので別に感情が揺さぶられることもないのである。

過去のセフレも含めた自らのお相手も含めて不倫をしている(しようと考えている)女性のその理由の一番としては「恋愛欠乏症」ということのようだ。

もう少し平たく言うと「思ってくれている人に欠けている」ということである。

この1つの契機としては「配偶者から異性として見られない」ばかりか「相手にされない」ということになるのであろうが、もっと言うとアイデンティティの欠如ということになるのではないか?

「◯◯の奥さん」「◯◯のママ」のような呼ばれ方をされていることでアイデンティティが失われていく。しかもである、そう呼ばれるまでして尽くしてきたと思ってきた相手、特に子どもの親離れということは成長を喜ぶことの反面、空っぽにさせていく現象なのではないかな?と思うのである。

そうなると何処に拠り所を求めるのか?ということになるのである。

あくまでも自らの経験の内であるが、そんなことが言えると思うのである。

その結果、私自身を含めろくでもない男に少しちやほやされると不倫という関係になる。

しかし、男という立場からするとこのあたりのことは理解しておいてあげないといけないのだろうなと思っている。

男性のほとんどは自らの欲望と女性のそれを重ねる。つまり「配偶者から相手にされない」というレベルでしか、ものを考えていない。そして、それは短絡的にもセックスが解決策と見る。

しかもお付き合いが深まるにつれて、本来男性が持つマザコン的な要素を不倫相手にまで見せて甘ったれたことを言い始めるのである。

過去に自らも似たようなことをしてしまったから何とも言えない。

それにしても…客観的に話を聞いて「どうしてそんな男に?」という話が多い。
過去のセフレの相手にしても、誠に申し訳ないが、ここでの相談者のお相手にしても。

それはやはり恋愛ということから遠ざかっているからなのだろうか、それともそんなに恋愛経験がないからなのだろうか?

目覚めるのには時間がかかる、ということが多いようだね。

仕方のないことであると思うようになってきたけれども…

陰毛

これってどうしているだろうか?

自らのことを言うと実は一定は手入れしている。

以前にも書いたのであるが、これは何年か前に珍しくAVを見た時のことであった…セックスの内容自体は相変わらずあまり参考にはならなかったのであるが、男優の竿と袋に毛がなかったのである。

これはいいかも、と思ったのは第一に女性がフェラしやすいのではないかな?と言うことであった。

前のステディは「フェラが嫌い」と言うことであったので、私にはしてくれていたが彼女が満足?いく程度で止めていた。私の方からね。

でも今のステディにしろ、過去のセフレにしろ、自ら咥えてくれるのであった。

そして一定時間以上してくれる。

ならば…余計なものはいらないと思うのであるね。
それをするにあたりオブストラクションがあることはお互いに良くない。

メンテナンスしていなくて毛が口に入った時には間違いなく不快だろう。

次には…特に今の季節、蒸さないのさ。
これは普段の生活に於いても気分がいい。

あまり生やしはなしにすると汗を保ち、痒くなったりするんだね。衛生上もいい。

それと…これはラストなのだがぺニスがちょっと大きく見えるのさ。

これは自己満足に過ぎないのであるが、やっぱり(女性の許容範囲ならば)大きい方がいい。

そして女性が(その許容範囲ならば)大きく見えた方がいいのである。

お互いにいい。

これが私がアンダーヘアを整える理由なのであるが、女性もまた気にするところであろう。

過去の女性で言えば、実は半々だね。

いかにも整えています…って人もいる。
中にはアンダーヘアをハート形にしている女性もいた。

無毛という女性も結構いたね。
それが脱毛クリームか永久脱毛かはわからないけどね。

そういえば大学生の時にドイツ人の留学生(♀)がいて、ドイツからクリスマスに彼氏がきた時に成田から山中湖のホテルに送っていったのだけど途中で喧嘩になって…女性はホテルに泊まらず…結局私とラブホに行くということになってしまったことがあったんだよね(初めてコクる(笑))。

で、そういうことになったのだけど…彼女は夏の合宿で見た時にはノースリーブ姿でワキ毛を生やしていたから、そりゃボーボーかと思っていたら金髪のアンダーヘアはきちんと整えていたよね。

だから女性にとってはアンダーヘアというのは特別な思いを持っているのかな?と思っていたけど、そうでもないのかな?とも思う。

でもね…気にしているのはいいとは思うのだけど、整え方もね…

かつて不思議ちゃんの話を書いたと思うけど…彼女の場合は周りが剃り毛だったんだよね。

うん、チクチクした(笑)
何をするにもね(笑)

逆もしかり、だろうから、私はカミソリは使わないね。

ひたすら抜くかな?(笑)

ウソのプロフィールを書いていた女~その14

私は晒された彼女のヴァギナにぺニスをあてがうということをしなかった。

そして自らの視線が届き易いように角度を変えるようにしたのであった。

充分に水分を含んだそれを私は注視していた。

「やだ、恥ずかしい!」
股を拡げるために膝をオーブンにしていた手をほどいて彼女は膝を閉めた。

その行為を容認するはずもなかった。
私は彼女の横に寝転んで、乳首をコリコリと指で弄りながら
「ならば、終わりにしようか?」と言った。

「お願いですから入れてください」

私は薄ら笑いを浮かべながら言った。
「ならば、元のポジションに戻しなよ」

彼女は素直に膝をオーブンにした。

「いい子だな」
と私は言った。
そして、
「結局、ナニをドコに入れて欲しいんだ?」

「堪忍してください。お願いです」

それでインサートするつもりはなかった。

「言えないならば、こうするまでだな。お仕置きだ」

私はオーブンになっているヴァギナにむしゃぶりついたのであった。

瞬間、彼女の悲鳴が聞こえた。

つづく。

プレゼント

これは大変難しいことだと思っている。

私はお付き合いをしている人にはプレゼントをしてあげたい、と思うタイプである。

誕生日や記念日は当たり前であるが、クリスマスやホワイトデーなんかも「何をあげようかな?」とこちらがワクワクしてしまうのである。

たまには一人でショッピングをしている時に「これいいかも」なんて思うものを買って、なんら関係のない時に渡すこともある。

たいていは服飾関係かジュエリーなのであるが、これはそれだからこそ難しいのである。

お気に召さない。

そういうものを選んでしまい、デートの時にそれらを一度も見かけないとなるとちょっと落ち込んでみたりもするのである。

そもそもの話として、私はそういったものに関してのセンスに自信がない。だからこそあまり機をてらうようなものは選ばず、ちょっと身につけてくれたら嬉しいな…というものにしている。

しかし、それさえも趣味に合わなかったのか?身につけてくれている姿を見ないと落胆するのである。

今のステディは私がプレゼントしたものをほとんど身に付けてくれたことがない。そして彼女は彼女なりの拘りがあることもわかっている。だから趣味に合わなかったのかな?と思うのである。

一方で今のステディは、私が彼女にお金を費やすことをあまり望まない。

だから、プレゼントを渡せば口では「ありがとう」と言ってくれるが、すればするほど彼女の重荷になっているのかな?とも思うのである。

こちらからすると単純な話なんだけどね。
単に渡した時に笑顔が見られたら…という話なのである。
そこを結果検証してはならないのかもしれないね。
自己満足に過ぎないと思うことが必要なのかもしれない。

ただ、やはりプレゼントするならばお相手が喜んで使ってくれるものの方がいいに決まっている。

だから普段のデートでステディが何を見ていて何を欲しがっているのかをよく観察している。

「マンションが欲しいなー」
なんて言われたら困るけどね(笑)

リクエストには応えたい

今のステディと交際を始めてすぐにあることを「やめて欲しい(こうして欲しい)」と言われたことがある。

私の文化にはなかったことであるし、世間でもそれを「する、しない」について言うと実は賛否両論あるところなのであるが、私はステディの意見に合わせた。そして今や日々の生活においてもそれが身についている。

自分自身を持っているということや拘りがあるということと頑固ということはまるで違うと思っている。

私は自分で言うのもなんだが、客観的に見れば経歴的には悪くはないと思うのであるが、では胸を張れるほどか?というとそうでもないと思っている。

決して崇高ではない自分を変えることができないということこそ、人としてのレベルを疑われるというものである。

そして、パートナーが望むことに対して、その望み通りにならなかったとしても「やってみる努力」をすることは必要だと思っている。

日常生活においてもそうなのであるが、やりもしないで「できない」と言い、下手をするとそのリクエストに対して逆ギレとも取れる行動を取る人間までいる。

もちろん、そのリクエストが不当なものや取るに足らないものである場合は別であるが、やらずしてあきらめ、また立場を利用して却下する姿を見聞きすると真の意味で能力がない人間だと判断してしまうのである。

一方でリクエストした側はされた側の努力に対しては認めるべきであるし、「できる、できない」についての結果については寛容に接するべきと考えている。

「できて当たり前」などという言葉はないと思っている。私の周りにいる天才たちもほんの些細なことができなかったりするシーンを往々にして見るからだ。
そして、それを見た時に彼らが人間らしく思えるのである。

三者に対してもそうなのであるからパートナーに対してはより寛容にならないといけないと思うし、ステディができないことについては私がやればいいのではないかな?と思うのだね。

隙間は埋め合えばいいわけである。
今はお互いにそれができているような気がする。

以前お付き合いした女性は非常にリクエストが高かった。
私自身の考え方は従前より変わりないので、やる努力はした。できるようになったものもあれば、むろん、できるようにならなかったこともあった。

この女性の場合は結果にコミットしなければ認めてはくれなかった部分がある。寛容ではなかった。

結果的にフラれた形にはなったのであるが、そのずいぶん前から私が疲弊していたと思う。

ただそういう環境にあったことでチャレンジすることは多かったとも言えるし、それが今に生きていることもあるのは事実。
感謝しないといけない。

コントロールしないで。

男性はその場面で能動的に振る舞わねばならないから、セックスは経験数なのか?経験人数なのか?と言うと両方必要なんだろうな…みたいなことを以前も書いたような気がする。

同じ人と回数多くする…これは若い時には絶対に必要はことであると思う。

私はたまたまであるかもしれないけれど、若い時のステディがこれを実現させてくれたことについては過去にも書いている。

今思えば…なんだけど、若い頃って考えてはいるんだけど浅はかだったりするじゃない?

それを受容してくれて私の身体までも受容してくれた年上の彼女には感謝しかない。
ベッドマナーも教えてもらったしね。

恐らく、いや、決定的なのであるが、この女性とほどセックスをすることはないと思う。もう毎週末が毎日に近くなって…そこでベッドマナーを覚えた気がする。

しかし…40代になって、こんなことを始めて思ったのは「経験人数も必要」ということ。

最大公約数みたいなことは経験人数がないとわからないものだよね。もちろん、そうした経験をしてからの実感でしかないのだけれど。

そうしているうちに何人かの女性と致して、なんとなく、その感じた部分をステディにも出そうとする。セックスについてもしかりなのである。

しかし…最近言われるのは「コントロールしないで!」なのである。

セックスという遊びを知ってから、交わることで一応経験は積んだと思う。
その結果が射精コントロールできる自分なのである。

それを否定されてしまっている。
これまで積んだ研鑽?はどうするんだよ…という話になるのである。

ステディに発揮するために女性と交際してきたところがある。
感情面はもちろんであるが肉体的にもそうなのである。
それが出せない歯がゆさというものがある。

しかし、それはステディのやさしさから来るものである。だから言われるがままに放出しているというところだ。

それに…実は少しはコントロールしているんだよね。

それほどまでにステディのはいい、のである。

失礼にあたらぬように。

これは常に思っているよね。
お相手に対して恥ずかしくない姿でいたい、と思う。

元が元だから第三者から見て羨ましがられるってことはないと思うんだよね。しかし、「なんでアイツなの?」とは思われたくはない。

体裁は保ちたい、と思うんだよね。

女性は「見た目は二の次」と言うけれど、本当にそうなのかな?というのが私の思うところなんだよね。

だって美的感覚に鋭いのは女性だし、アイドルに群がるのも女性じゃないかな?

ならば、一緒にいた時に一定見た目も気にしないといけないと思うんだよね。

当たり前の話として清潔感は保たないといけない。

ステディは夕方に会うと私の髭面に頬擦りしてくることがあるが、朝からデートの時には絶対に髭は剃っていく。

無精髭なんて、かなりいい男じゃないと似合わないということくらい、いくら誉められたとしても意識しておかないといけない。

ほぼ同様の理由としてデートの前には必ずシャワーをしていく。

何もしていなくても汚く扱われる年代であることを理解しておかないといけないと思うのだよね。
あえて汚く見せる必要はないのだ。
十分汚いのであるから。特に客観的には…

服装についてもあまりビシッと決めることはしないが、少なくとも近所のおじさん風なのはやめている。

時々、どういう関係かはわからないが、どうでもいいような格好で食事したり、ウインドウショッピングをしたりしている人がいるが、あれはイヤなんだよね。

女性はきちんとしているのに男性がひどいというのは特に目につくよね。反面教師としてはいいんだけど、相手の方には失礼だと思うんだよね。

会話を聞いていると「いかにも…」という感じなんだけど、ラフな格好してこないという事情でもあるのかな?と想像してみたりもする。女性も言えばいいと思うが、なかなか言えないのかな?

ベッドもそうだよね。
ステディなら間違いはないと思ってはいるが、年齢が年齢なのでサプリを飲んだり、精力のつくようなものを食べたり、身体を動かしたり…予防はしている。

セフレは見た目で選ばない傾向にあるのでなおさら気を使う。
セックスをするという目的で会っているわけだから役に立つというレベルではダメだと思うんだよね。

サイトでセフレを募集している男性は多いようだけど、そのあたりは大丈夫なのかな?と思ってしまうんだよね。

これまでは…根っからのスケベなので失礼はなかったと思う。
最近もたまにセフレ欲しいな、なんてよこしまな気持ちになることもないわけでもないが、普通にしかできそうにないので控えているというところ。

失礼してはいけないものね。

余裕ない時には…

当たり前の話なのではあるが、何ごとも余裕がある時ほどうまく回転をするものなのである。

時間、経済的に。健康なんていうのもそうだね。
そして何よりも心。

それらが充実している時にはいろいろなことがうまくいくことが多い。

仕事でも次の一手が打てるのはそういう時で、だからこそ先も読めるということだね。

逆に余裕がない時には何をしてもダメということが多くて、これを打開するには大きな幸運が舞い込んでくるか、地道に余裕を持てるところを作っていくしかないのである。

ラッキーというのは意外にも多いのであるが、これだけを待っていては何も起こり得ない場合もあるからやはり地道に穴埋めし、そして余剰を作る努力をした方がいい。そうした行動をすることで、よりラッキーが舞い込む確率も上がろうというものである。

男女の関係においても余裕がある時ほどうまくいくというところがある。お相手を幸福な気持ちにさせるには、自らが幸福で余裕があることが最大の条件である。

私の場合、なんだかんだ自らに言い訳をしてステディの他にセフレを作ってきた。

過去を振り返るとステディがいない時にもセフレを作ろうとした時もあったが、いる時といない時を比較するといる時の方が圧倒的にセフレができる確率が高かったのである。

普通、セフレ募集なんて…相手にされないと思うのだ。しかし、私はそれを隠さずにやりたかったんだよね。

もちろん、サイトのプロフィールのコメント欄は工夫はしたつもりである。ステディがいる時には「彼女います」と書いていた。

アクセスしてくるメールの数はあまり多くはない。当たり前の話だけどね。ただそれを比較すると「彼女あり」と書いた方が明らかに数は多かった。

そして、そこから出会える、というか寝られる確率も高かった。

たぶんそれはサイトでのメールや会ってからの余裕があったからなのだろうね。

逆にいない時には どうしてもがつがつ感が出てしまっていたのかもしれないね。

自分ではそんなつもりはないのだけどね。
今思えばそんな気がする。

所詮不倫だからね。
女性も清さを求めてはいないということかな?

それよりも余裕をもって接する異性を求めているのかもしれないな。

ラインやメールで言ってはならないこと

どんなに焦っていてもである…どんなに酔っていてもである…面と向かっていない時に言ってはならないことがある。

嫌なことをいきなりメールで言われて落胆したことはないだろうか?たぶんたくさんあるのではないだろうか?

人というのは非常に臆病で常に何かに怯えているところがあると思う。嫌な関係にある相手に対してのそれも怖いのであるが友好関係にあるからこそ、もっと怖く思うこともあるのではないだろうか?

勘違いしているのは面と向かって言えないことをメールという安易な手段で吐露するというところにある。

私はデジタルなことにすこぶる弱かったし、今でも弱いと思うのであるが、このメールという手段は仕事で触れることが最初であった。もう20年くらい前の話である。

そのころから「コイツなんなのかな?」と思う人物はいて、それらは指導という名の罵声をメールで送ってきたのだね。言わばそれが本心なのさ。

当時からそれに対しては「ちっちゃいな」と思っていたし、現代であれば「言質を取られる」いい証拠となるよね。

仕事という利害関係でもそうなのだから、男女の関係においてそう思われたらおしまいだと思うのである。

だから如何に相手が嫌なことを言おうがそれには乗ることをしない。言われたとしてもそこは売り言葉に買い言葉というようなことはしない。況してや自らそういう方向には持ってはいかないのである。

何ごともその場で決着をつける方が潔いのであろうが、それは対面している時に限ると思うのである。
メールでは理屈も屁理屈にしか聞こえてこないから口が達者なことは出してはならないのである。

そこで感じなければならないのはそれが相手の本心だということなのである。それはそれで落ち込むのではなく、以降の参考にすればいいと思うのだね。

私は数年に亘ってそのような状態に晒されていたことがある。最初はやり合ってしまったが、すぐに止めた。理由は前述の通りであり、お相手のことがそれでも好きだったからである。心ないことをメールで言われてもがまんしたのであった。

お別れの時に静かにその話をした。お相手は私が傷ついていたことさえ気づいていなかった。過ぎたるは及ばざるが如しか。甘やかし過ぎたのかもしれない。そうした自分が残念でならなかった。

今のステディとも悪感情になることはある。
そうしたメールが来ることもある。
長い時間を共に過ごせば当たり前である。

当時と違うのは後日、優しく言葉を選んで笑顔で自己主張するようになったことである。

これも経験かな?と思うのである。

お相手の気持ちに甘えない

ちょっと水くさい部分が私にはあるのかもしれない。どうも身勝手に振る舞うのが苦手なようである。

世の中で生きていてもどうも「お言葉に甘える」という人間が多いように思える。いや、たまにはそういうことがあってもいいのであろうが、ギブアンドテイクという言葉の通りお返しをしないといけないと思うのだね。

普段でもそうであるのだから、恋愛関係にある相手に対しては率先してホスピタリティーを出さないといけないと思うのである。

考えてみなくても、この何ら取り柄もないおっさんと時を過ごしてくれる女性がいるというだけで感謝をしないといけないと思うのである。

ステディはそれはそれは過分なくらいに私のことを誉めてくれる。内面から外見まで。

すごく嬉しいのであるが、それは彼女の選択責任の下に成り立っているものではないのか?と思わないといけないと考えるのが相当だと思うのである。

だから私とお付き合いしていることのメリットをステディには与え続けないといけないと思うのであるね。

お互い様かもしれないが、不倫関係というリスクを背負うこともさせてしまっているからなおさら、なのである。

そうまでして私と…ということについての感謝はきちんと形として示していかないといけないのである。

人とのお付き合いを損得勘定だけで決める人がいる。残念ながらそれを恋愛関係にまで持ち込む人もいるんだね。

今のステディにはそれがまったく見受けられない。

だからこそ、それに応えないといけないと思っているのである。

むろん、それは究極は気持ちでしか返せない。なんら取り柄のない男だからね。
でもそんな男だからこそ「姿勢」も見せないといけないというところなのである。

けっして驕ってはいけないのだね。

よくわからんな…という募集

ちょっと魔がさして?出会い系サイトにアクセスしてしまった。かなり長い間、「休止」登録していたのだけどね。

不思議なのは休止していてもメールがきたりしていたことであった。わからないんだけど、サイトによっては休止しても普通に存在するかのようになっているのかもしれないね。

普通に登録している時も意外とメールが来るサイトがある。ただメールしてきてくれるのは決まって20代の人…今さら有名サイトにサクラが存在するとも思えないのだけれど、「ひま~」みたいな一言を入れて立ち去っていく。サクラと疑いたくもなるのである。または業者か?いずれにせよ、こうしたサイトはあまり活用しない方が良さそうだ。それが業者のものならばシステムが脆弱ということも考えられる。


休止中にきていたメールの中に40代のバツイチ女性からのものがあった。

メールの内容は「遊びませんか?」というもの。むろん、身体の関係を前提としたものであり、金銭を対価としたものである。いわゆるワリキリというものだ。

こうしたメールはあまり珍しいものではなく、一部を除いては「春の個人売買」ということにもっとも活用されているのでは?と思うのである。そういう意味での需要と供給は揃っており、いわばメルカリやヤフオクに出品できないからサイトで…というところなのであろう。

私はプロフィールにセフレという言葉と年収も書いているため「ちょっと真面目そうだけど要するにセックスしたいんでしょう?そこそこ年収もあるし、このスケベオヤジなら取りっぱぐれることもなさそう」くらいのことを思ってメールしてくるのであろう。

サイトを利用している時点で人となりは正解に近いのであるが、さすがにこの売買は刑事罰に触れるのでやらないのである。ただ、需要があるからこうしたメールも成立するのだね。

この方のプロフィールを覗いてみると真面目にコメントが書かれていた。
そこには「真剣な交際」「結婚相手」の文字も。

更に驚くべくは掲示板でも売買相手を探しているんだよね。

うーん、どうしたらこれらを並立させようと思うのであろうか?

サイトで結婚相手を探している男性もいると思うが、この女性のプロフィールを見て「お!」と思っても掲示板でワリキリの募集をしていたらさすがに真剣な交際相手としてアプローチはしないよね。

女性に「サイトによって使い分けたら?」とメールしようかな?と思ったが、善意の第三者が犠牲になるといけないのでやめておいた。

改めて世の中にはいろんな人がいるな…と思ったのであった。

ステディから言われたいな…ダメなのかな?

だいたい週末はステディとデートをする。
お互いにそこそこ忙しい身であるのだが、そこはなんとか時間を作ろう、ということになっている。無理はしないのであるが。

会えばセックス…という不倫カップルもいるようであるが、私たちの場合はそうではない。

もちろんセックスは大切なのであるが、二人で時を過ごせればそれでいいという考え方で一致している。

それでも…である、私も男なのでどうしてもしたくなることはある。以前のようにそれが過剰だったところこそなくなったのであるが、本当のところを言うと会う度にしたいのは事実ではある。

以前セフレという存在を作っていたのは男を上げるというところもあったけれど、やはりその過剰な部分を消費するというところもあったわけである。

会うとしたいのであるから今もそうした部分がないとは言えないのであるが、ベッドに入ってしまうとやはり会話は減ってしまうから今はそれが嫌なところもあるんだよね。

そう思わせられることの一つにはステディから求められない、ということかな?

そう…求めるほどには「したい」とは思ってくれていないのかもしれないな。

性格は謙虚だし、聞けば奥手だったから自分からは言いにくいのかもしれない。そして、そうした性格の女性が好きなのは事実だから、これは私のわがままでしかないということは良くわかっている。

前のステディはたまにあったんだよね。
「今日抱っこして欲しいな」と。
それがすごく嬉しかった。

性格や内面ならばそれでいいのであるが、自らのセックスが稚拙なのが理由なのかな?と不安になることもあるのである。

そうすると…たまには…なーんてね、言うほどもはや他に走る自信もない。

自分に正直に求めていくしかないんだろうね。

他人の価値観は否定してはならないが自らの価値観を認めて欲しいなど傲慢の一言である。

久しぶりのアップである。
ちょっと忙しい日が続いたのも事実であるが、書く気を失っていたというのが一番の理由だ。

価値観というものに関しては何度かここにも書いているのであるが、これは私くらいの年齢になると曲げられないというところはある。

だからこそなのであるが他人の持つ価値観については一度は肯定的に捉えてあげないといけないと思っている。

それは私が思いもよらなかったことにお相手がこだわりを持っていたとしよう。
それが私の価値観に真っ向反対するようなことであればお相手にとって反作用となるのでお付き合いそのものをしない方がいい、ということになる。

しかし、そうも真っ向から反対となる価値観というのはあるのであろうか?私はあまりない、と思っている。

自らの文化にない…つまりそれはほとんどの場合考えもしなかったことにお相手が言及してきた時にそれを否定するのを止めないか?
そうした自らが考えにも及ばなかったことを一度は受容してみるということが必要で、自らがこれまでそうした考えにさえ及ばなかったことを反省すべきであると思うのであるね。
それは自らは些細なことと思っていてもお相手にとっては重要であること。これを受容するだけでもだいぶ人間関係は良くなるのである。だって、考えにも及ばなかったのであるから、敢えてそれを否定する必要はないのである。

もっといけないのは価値観の押し付けである。
逆の立場でモノゴトを考えれば、私の重要なポイントはお相手にとって些細なことなのかもしれないのである。

認めてもらおう、ならまだいい。
そんなことに付き合わせようなんて人間関係を放棄していると思うのだね。

「価値観が同じ人がいい」など、最初から「自分の価値観に合わせてくれ」と言っているに等しい。
自分が変わらないと宣言しているようなものだからね。甘ちゃんだよ。

そうした相手を付き合わせようとする心が「わがまま」というものだ。
言葉を選ばずに言えば、頭が悪いということに等しいと思うね。

いつも自らがどのレベルにあるか?を考えないといけない。いつも、常にね。

卑屈になる必要はないが、謙虚になる必要はある。
そうすることによってお付き合いは広がると思っているんだよね。

それは間違えてはいないと思う。

ありがとう、という気持ちと言葉。

私が今のステディと交わす言葉で一番多いのは「好き」でも、ましてや「愛してる」でもない。

「ありがとう」が一番多い。

何故か?というとそう思わせてくれる瞬間が一番多いからである。

そして、ステディもまた私に「ありがとう」が一番多いと思う。

口先でこの感謝の言葉を言う人は多い。
口癖のように言う人も多いね。
私も口先でこの言葉を言うことがある。

でも、言われた側からすると悪い気はしないからね。

ただステディにはそうした口癖のようなものではない。心底思ってのものである。

「ありがとう」の反対語を考えたことがあるかな?
それは「迷惑」ではない「当たり前」なのである。

当たり前とは当然品質。
ありがとうとは感度品質なのさ。

これは受け手次第ということもあるよね?
頑張ってくれた❗みたいな。

それをどれだけ探せるか?というのが人間関係の基本だと思う。
違うかな?

そして、そこで「ありがとう」と言えるかどうかなんだよね。思っていても言葉に出さなきゃ伝わらないこともある。

その気持ちはいつも持っていて、それを言葉で発せられる自分でいたいな、と切に思う。

選択責任か?自らのプライドか?はたまた…

かつてセフレであった女性たちは不倫相手である男性(彼氏さん)に不満を持って、私とも逢瀬をした人が多い。

中には不倫はしていなくて「私がセフレなら」ということでお付き合いをした方もいたが、そこには配偶者への不満があった。

後者はお子さんのことなど別れられない理由があるので致し方ないところであるのだが、前者はなぜ別れないのかな?という人ばかりであった。

とにかく愚痴はよく聞かされた。むろん、それが前提としてのセフレだと思っていたし、そうでなければ他の男に抱かれようなどという願望など女性の場合は湧かないのではないかな?と思うのである。

そして、女性からの一方的な話でしかないが、彼氏さんとやらとのお付き合いはひどいとしか言いようがないのであった。

会えばセックスしかしない…なんていうのはごくごく普通の話で、自分の都合だけを言う、都合が悪くなると連絡さえも取れない、それを言うと罵声や嫌みを言われて責められる…
正直なところ他にも女がいるんじゃないかな?と思えたのであった。決して言えなかったが。それほどまでに彼氏さんとやらはその女性をないがしろにしていた。まぁ、それくらいうちひしがれていないと不倫相手がいるのにセフレなんて作らないか。

しかし、別れることはなかなかしないんだね。

私もあまり彼女たちの愚痴に解決策は言わなかった。先日も書いたが彼女たちはそんな答えなど望んではいないのだろうし。共感をするしかないのである。

だから一番の解決策であろう「別れたら?」と言うことはほとんどなかったのである。「俺なら別れるけど、それは貴女が決めることだしね」と言うことはあったかな?



たまに聞かれた。貴女はステディに不満はないのか?と。

私は決まって「ない」と答えた。
「ではなぜ、私とセックスをするのか?」と聞かれた。
「男を上げたいからだ」と答えた。
理解されない。当たり前のことなのである。
でも、一度渡った橋を逆戻りして私と別れようとした女性は一人か二人だったのである。

彼女たちは自らが私に共感する内容がないことを不思議に思うのであろうね。


そんなこんなでたいていの場合は「私をステディにしてくれない?」ときたのであるね。それは私がその女性とお付き合いするフィニッシュを意味していた。

私と付き合って2ヶ月、3ヶ月してそういう言葉が出るのである。長くは1年半。それくらいしてやっと私を比較の対象としだしたということであろうね。それくらい女性は信念を曲げないのである。立派なものである。

これは彼氏さんを選んだ責任なのか?
そうしてしまったプライドなのか?
はたまた惚れた女の弱さなのか?

私はセフレという存在を持つようになる前からこんな予想はしていた。だからセフレには決して弱みを見せなかった。ステディの愚痴を言うなどというね。

そんなことを始める前からそんなことは薄々気づいてはいたのだけど、それを実感できたのが自らの一つの「男を上げた」ことだと思うね。

そうした意味でセフレさんたちに大変感謝するのである。



そして、そんなことができたのもその時々で私に余裕があったからだと思う。セフレさんの彼氏さんとの大きな違いはそこかな?ほとんどの期間はステディとの間が安定期であった。

これまでのステディにはセフレさん以上に感謝するところだね。そこは。